ロゴ:童話作家のこぼればなしロゴ 2007年09月07日発行1001号

第67回『韓国犬ものがたり(1)』

 韓国に、わずか8頭から大復活を遂げたイヌがいる。サプサル犬と呼ばれるそのむく犬は、古くは新羅の説話に登場する。朝鮮の民話や民画にも登場してきた朝鮮半島在来種だ。「サプ」とは追い払うという意味で、「サル」は悪鬼のたたりを指す言葉。つまり「サプサルゲ」とは「悪鬼を追い払うイヌ」なのだ。

 昨年の8月末、彼らに会うため、慶尚北道の慶山(キョンサン)市にある「慶山サプサル犬育種研究所」へ向かった。慶山は、韓国第3の大都市、大邱(テグ)広域市のベッドタウンとして発展している。出迎えてくれたサプサル犬たちは、嬉しそうにぼくの顔を舐め回してくれたが、彼らのたどった苦難を思うと笑顔にはなれなかった。

 太平洋戦争末期、「日本」の飼い犬たちは、みな、絶望のどん底にいた。国のために役立てるということで「供出」を求められたからだ。勇猛なものは戦闘用に訓練されて戦地に赴いたが、多くのイヌたちは殺され、その毛皮は軍服や軍靴となって戦地に送られた。「内地」のイヌでさえもこんなむごいありさまだ。植民地だった朝鮮のイヌたちの受難は、想像にあまるものがあった。

 そんな中、何とか難を逃れられたのが珍島犬(チンドッケ)と豊山犬(プンサンケ)。日本犬に似ていたために、日本犬のルーツを研究するために天然記念物(日本の)に指定されて保護された。しかしほかの朝鮮犬たちは「雑犬」と見なされ、徹底的に殺される。とりわけ撲滅の対象となったのが、日本犬に似ても似つかない毛むくじゃらで、しかも防寒用の軍服や軍靴を作るのには最適な毛を持っていたサプサル犬だった。

 サプサル犬はどこかで生きている! 1960年代半ば、慶北大学の獣医師二人が、数年をかけて全国を回り30頭を見つけだした。獣医師たちは保護を訴えたが、韓国の経済状況はそれどころではなかった。その後、獣医師の恩師に引き取られた犬たちは、わずか8頭にまで減った。まさに絶滅寸前の彼らを救ったのが、85年にアメリカ留学から帰ってきた恩師の息子、ハ・ジホン教授だった。

 ハ教授は専門の遺伝子工学に基づいて計画的に交配させ、より純粋なサプサル犬を育てていく。そして92年、ようやくその努力が実り、天然記念物に指定されたのである。

 ハ教授の弟子の研究員がサプサル犬の訓練の様子をぼくに見せてくれた。彼が「バーン」というと死んだフリをし、輪を持つと高く飛び跳ねて上手にくぐった。「私たちはこの犬の温和な性格に着目しています。セラピー犬として活躍させたいんです」。研究員は目を輝かせた。

 絶滅寸前という艱難辛苦(かんなんしんく)を経験したサプサル犬だからこそ、人々を笑顔に変えられるのかもしれない。

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