2009年10月16日発行 1104号

【JR尼崎事故調査報告書漏洩問題 寄稿 安全問題研究会 地脇聖孝さん 隠ぺい工作までしていたJR西日本 利益優先の国鉄民営化の罪だ】

事故調が組織ぐるみで


  2005月4月25日、JR福知山線塚口〜尼崎間において、列車が脱線・転覆し、乗客・運転士107名が死亡した「尼崎事故」について、このほど、国土交 通省航空・鉄道事故調査委員会(当時の名称。現在の運輸安全委員会)の山口浩一・元委員が、公表前の事故調査報告書の一部のコピーを山崎正夫・JR西日本 社長(当時。現在は取締役)に手渡していたことが明らかとなった。また、事故調の鉄道事故調査部門のトップである佐藤泰生・鉄道部会長もJR西日本側と接 触するなど、情報漏洩は事故調の組織ぐるみで行われていた。

 資料の提供を受けた山崎社長は、事故原因の核心である「(速度違反に対応した新型の)自動列車停止装置(ATS)があれば事故は防げた」という記述の削 除を要求し、それを受けた山口元委員が他の事故調委員にこの記述の削除を働きかけていたことも明るみに出た。結局、報告書の内容が変更されることはなかっ たものの、この事件は、事故調の信頼を失墜させるとともに、その政治的中立性に疑問を投げかけるものとなった。

旧国鉄幹部の癒着

 JR西日本が、事故調に対して記述の削除を働きかけた新型ATSに関する資料を、捜査当局に対して提出していなかったことも後に判明した。JR西日本 は、単なる情報収集にとどまらず、隠蔽工作まで行っていたのだ。しかも、隠した資料が新型ATSを巡るものであったことは、尼崎事故の原因が新型ATSの 未整備にあること、その最大の責任が、現場のカーブが付け替えられた際の鉄道本部長であった山崎社長自身にあることをJR西日本が事実上認めたに等しいも のだ。

 ただ、山崎社長がみずからの個人的利益だけを目的としていたとは思えない。やはりこれは会社組織を守るため、JR西日本が組織的に起こした企業犯罪であ り、また、家族を亡くし、あるいは今もなお電車に乗れないほどの後遺症に苦しんでいる被害者への決定的な裏切りでもある。

 今回の事件が起きた背景には、政治的に中立・公正であるべき事故調委員の規律の崩壊と、旧国鉄時代の人間関係を利用した関係者の抜きがたい癒着がある。 国鉄解体によって、旧国鉄関係者はJR各社などに散っていったが、それから20年以上経過した今なお、強い人間関係でつながりながら鉄道・交通行政に大き な影響を与え続けている。それがもっとも悪い形で露呈したのが今回の事件である。

被害者への裏切り

 「事故調は、尼崎事故の説明会にも出席せず、その理由を自分たちの政治的中立性を守るためだと説明した。だが、これのどこが政治的中立なのか」。尼崎事 故で妻と妹の2人を一度に失った淺野弥三一さんは、静かに、しかしはっきりと憤りを表明した。91年、やはりJR西日本が引き起こした信楽高原鉄道事故で 妻を失った鉄道安全推進会議(TASK)会長の吉崎俊三さんは「事故調、運輸安全委員会に思いを託したのに裏切られた」と述べた。事故調の説明は全くのま やかしだったことになり、その憤りは正当なものである。

 鉄道や航空機の事故調査は、高度な専門知識が求められることから、運輸安全委員会の委員や調査官はそうした知識・資質を持った人物でなければならず、今後も旧国鉄出身者が中心となる。委員の規律をこれまで以上に確保するための対策が必要だ。

 尼崎事故は、「稼ぐ」が最優先にされていた当時の大阪支社長方針に象徴される企業体質と、日勤教育に見られる社員への懲罰的締め付けが背景の事故であ る。根底には、公共交通であった国鉄を解体し利益優先に変えた民営化がある。その過程で多数の国鉄職員の首切りを行った元幹部らが20年経っても癒着とな れ合いを続けていることを、今回の事件は示した。彼らの罪は限りなく深い。
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