2010年03月05日発行 1123号

【イラク調査委で開き直るブレア 寄稿 本紙ロンドン反戦通信コラムニスト 樺 浩志さん 喚問包囲した英反戦運動】

 細長い顔。大きな耳。そして不自然なほどの笑顔。手に血がついたその人物=トニー・ブレア英国前首相が、手錠につながれている。お棺を担いでいる。投獄されて鉄格子をつかんでいる。イラク調査委員会がブレア喚問を行なった1月末に何度も英国メディアに登場した映像だ。

戦死兵士遺族も批判

 残念ながらそれはブレア本人ではなく、ゴム製マスクをかぶった反戦デモ参加者だったわけだが、ストップ戦争連合が「今回だけはメディア報道に不満を感じ なかった」と表明したほど、反戦行動のメディア露出度は高かった。数万人規模の反戦デモを黙殺してきたマスコミだが、今回の数百人の抗議行動は大きく取り 上げた。

 1月29日。イラク調査委員会(委員長:ジョン・チルコット卿)がその聴聞会にブレアを召喚した。当初は非公開予定だったが批判の高まりの中で公開方式 に変更となりTVカメラも入った。傍聴に来た戦死英兵の遺族たちは会場前でインタビューに答え、口々にイラク戦争とブレアを批判した。だがしかし、証言台 に座ったブレアはイラク攻撃を指揮したことについて一言の謝罪も後悔も口にしなかった。それどころか何度も「9・11」を持ち出して恐怖感を煽ろうと試 み、排除されなければフセインはやがて大量破壊兵器を持ったであろう、と憶測を語り、だから、大量破壊兵器がなかったとしてもフセイン排除は正しかった、 と、戦争を正当化しようとした。確たる証拠もなく憶測と将来の可能性なるもので戦争が許されるのであったら、どんな国でも攻撃の対象となってしまう。実際 ブレアは「イランの危険性」を何度も強調し、必要とあらば再び開戦の決断をする、とまで宣言した。

「ブレアは嘘をついた」

 ところが、である。裁判官でも法律の専門家でもない5人の調査委員、現首相のゴードン・ブラウンが選んだ5人の調査委員たちは、つっこみどころ満載のブ レアの暴論にろくな反論を加えなかった。事実上、ブレアの勝手な主張がマスコミを通して垂れ流されるのに手を貸したのである。ブレアは有罪にもならず偽証 罪にも問われず、6時間に渡ってイラク戦争の正当性を熱弁することを許され、その情熱的な語りはTVとラジオと新聞とウェブを通じ大々的に報道されたので ある。

 だがその2日後。『メール・オン・サンデー』紙の世論調査結果によると、ブレア証言を聞いてもなお70%が「イラク戦争は違法と思う」、80%が「ブレ アは嘘をついたと思う」と回答。「もしブレア氏が、戦争問題で失墜した名声を証言によって回復することを願ったとすれば、弊紙の世論調査結果は非常に厳し い判決を彼に下したことになる」と同紙執筆者は書いている。ウェブ記事の読者コメント欄には、ブレアへの批判、チルコット調査委への疑念、そして政治と政 治家全般への不信の言葉にあふれた。

政府関係者も違法と証言

 英兵遺族たちは向けられたマイクに口々に応えた。「ブレアは喚問中ずっと笑顔だった。まるで演技してるみたい。あんな人物に以前投票してしまったなんて ゾッとする」「私が望むのは、ブレアが戦争犯罪で取り調べを受け、きちんと裁きを受けること。そんなこと絶対ありえない、と言われてきたが、見て下さい。 ブレアの立場は弱くなっている。私は絶対あきらめない」

 去年11月から始まった公聴会では、ブレア以外にもすでに60人以上が証言に立ち、毎週のように誰が・何を証言したかが報道されている。当時外相(現司 法相)だったジャック・ストローのように戦争擁護を続ける者も確かにいる。だが、外務省法務部幹部だったマイケル・ウッド(開戦前、私はストロー外相に ハッキリ伝えました。「新しい国連決議なしにはイラク攻撃は国際法違法です」と)、法務長官だったピーター・ゴールドスミス(開戦を決める国会審議の少し 前までは、新国連決議なしには開戦は正当化できないと私は判断していました)、諜報部長官だったデイビッド・オマンド(イラクが大量破壊兵器を「45分間 で発射可能」という主張は政府公式文書に盛り込まれるべきではありませんでした)、そして国際開発相だったクレア・ショート(ブレア氏は私を騙し、黙らせ ようとしました。ブレア氏はイラク戦争問題で政権を誤った方向へ導いたんです)等々、様々な証言が出始めている。

ブラウンも証言台に

 責任の押し付け合い的な傾向はあるが、当初から批判的だった者だけでなく、当時は黙って従っていた者までが口を割り始めた。しかも公聴会はまだ続く。近 日中にブラウン首相も証言台に座る。ブレア再喚問も可能性がある。チルコット調査は出来レースではあるが、立案者の計画通りの結末になるとは限らない。

 ある英兵遺族は、戦死者追悼式典でブレアとの握手を拒否し「その手は血に濡れている」と批判の言葉を浴びせた。ある国際法専門家は、ブレアを起訴するよ うハーグ検事に請願する準備を始めた。ある活動家はブレアの首に賞金をかけ、不文法に基づく市民によるブレア逮捕を呼びかけている(http://www.arrestblair.org)。ブレアの作り笑いを剥ぎ取るその日まで、英国反戦運動は絶対に追及の手をとめないだろう。
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