2012年02月10日発行 1218号
【非国民がやってきた!(127)井上ひさしの遺言(5)】
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1945年5月15日午後6時。音楽が客席を深い闇の底に沈めて行く。
・・・やがて、下手の高みから差しはじめた光が数条、ゆっくりと闇の中へ滲み出して、木の丸椅子に腰を下ろした10歳くらいの少年を浮かび上がらせる。
少年――またお目にかかりましたね。神童のアキラです。誰が何と言おうと神童です。あの(・・・)時(・)より3か月前の広島市紙屋町さくらホテルに来て
います。7ヶ月後の巣鴨拘置所と、ここを舞台に、井上ひさし先生が戯曲『紙屋町さくらホテル』を書いた所縁の地です。井上先生の遺言をここで受け取って、
2012年のみなさんに送り返すことになっています。ちょうど届く時間です。
少年の後ろから、不意にもう一人の少年が現れる。
偽博士――のっけからゴメンナサイ。ダンディさんがハチの巣にしたため、井上先生の遺書が読めなくなっちゃった。
少年――ダンディさんには困ったものです。
偽博士――このところ出番がなかったので欲求不満で銃を乱射するんだもの。
少年――トラヒゲさんに奪われなかっただけでも幸いです。
偽博士――ガバチョさんにも見つからないようにしたよ。
少年――あの2人は、やっかいな大人代表、みたいなものですから。
偽博士の後ろから、さらにもう一人の少年が現れる。
偽イサム安部――まんず困っただ。井上ひさす先生の遺書が濡れですまっで字(ず)が滲(にず)んぢまった。
少年――全然読めませんか。
偽イサム安部――少しは読めるでがす。吉里吉里国の復活(ふっがづ)方法が読めなぐなっだら、おらのせいだべ。
少年――大丈夫ですよ。
偽イサム安部――本当だべか。
下手から瀧子が、よろめきながらやって来る。
瀧子――(泣き声で)多喜二さんの原稿がちぎれてしまった。どしたらいいんだろか。
少年――それは小林多喜二の原稿ではなく、井上ひさし先生の遺書です。
瀧子――えっ。では、(説明調で)多喜二さんと私の青春の一コマを戯曲『組曲虐殺』に描いてくださった井上先生ですか。それじゃ、先生に書き変えてもらう
よう伝えてもらえませんか。
少年――書き直しですか。
瀧子――多喜二さんが特高につかまらず、無事に逃げられる話にしてください。
少年――でも、日本に逃げ場はありませんよ。
瀧子――モスコーとか、コミンテルンとか、どこでもいいんです。
少年――さすがに、それは無理ですね。
瀧子――そうかァ。
4人以外のところへ、夜の闇が静かに下りてくる。
――3ヶ月後のピカッの予兆とともに場面が変わる。
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