2012年02月24日発行 1220号

【非国民がやってきた!(128)  井上ひさしの遺言(6)】

 巣鴨拘置所の廊下の片隅。向こうを東条英機に似た人物が歩いている。こちらでは松井石根に似た人物がのんびり座っている。

少年――東京裁判も井上ひさし先生の重要テーマでした。指導者の戦争責任とともに、戦争を支えた庶民の立場にも視線を向けていました。

瀧子――あの戦争は間違っていたとわかったんだから、多喜二さんを返してもらえませんか。

偽イサム安部――遺書が読めねえんだば、吉里吉里国の復活(ふっがづ)はどうなるんだべ。

偽博士――何か逆転の方法がありそうだ。

少年――そうなんですよ。ぼくも「博士」というあだ名でしたから、ちゃんと秘策があるのです。

偽博士――博士って呼ばれてたんだ。

少年――(山崎唯の声を真似て)トッポ・ジージョとも呼ばれてました。

偽博士――(中山千夏が久里千春の声を真似た雰囲気で)じゃあ、次の手はわかるよね。

少年――まかせてください。

 少年、3人から受け取った3枚の遺書をていねいに重ねる。舞台背景の黒い闇にゆっくりと白文字が浮かびあがり、映画のエンディングのように白文字が流れ 出す。少年が音読する。やがて、偽博士、偽イサム安部、瀧子も唱和する。

 「これまで『9条を守れ、憲法を守れ』と声をあげ、『戦争をしない、交戦権は使わない』といった否定路線を守ってきた。そこで痛感したのは、100% 守っても現状維持なのですね。守れ、守れというだけでは先に進まない。だから今年は『する』に重きを置きたい。一歩でも半歩でも前に進む。そのようにわれ われの意識を変えていきたい。

 たとえば、ジュネーブ諸条約に基づく『無防備地域宣言』の条例制定運動です。無防備地域の考え方は憲法9条の非武装平和主義にうながされてできました。 動く武器、つまり兵隊がいない、固定された軍事基地は封印する、市民に戦う意思がないなどの条件を満たす『無防備地域』であることを宣言した場合、国際条 約によって攻撃を禁止しています。こうした平和地域を日本全国のあちこちに誕生させたいのです。

 強調したいのは、これは国際条約で、日本政府も2005年3月に批准している。憲法98条の2項には、こう明記されています。『日本国が締結した条約及 び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする』。だから、国際条約は国民の名誉にかけて守るといった気概を見せて、国際的に認められた 特別の平和地域をつくれるように、そのことに理解と共感を示す議員や市長を選んでいきたい。

 そうです。権力と我々の主権とを分けることが、実は大事なのです。戦争を起こす主体は常に政府で、決して国民ではありません。そんな政府に、主権者の国 民が絶えず批判を加えていくのが国民主権の基本的枠組みです。ところが国家と国民は一体という幻想があって、国が何かやるとき国民は協力しなければならな いんだと考えてしまう。しかし、昨年夏の参院選では、時の政府・為政者と国民は別なのだと示したと思います。『美しい国』はうさん臭いと分かった。」

 4人が最後まで読み終えると、白文字がフッと消えて、闇が支配する。

 2秒後、井上ひさしの笑顔がど〜ん、ず〜んと(音はしないが)映し出される。丸メガネの奥の瞳は、笑っていると言うよりも、みんなを笑わせて、確かめな がら喜んでいる。
          [完]

<参考文献>
「今、平和を語る――井上ひさしさん」『毎日新聞(大阪版)』2008年2月4日
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