2013年10月25日発行 1302号

【高松インタビュー/福島原発事故と健康障害(上)/低線量(100mSv以下)でもがん増加/アウト ブレイク(異常多発)は間違いない】

 福島第1原発からは今も放射性物質が漏出し続け、放射能汚染は広がる一方だ。 事故後福島県が実施している「健康管理調査」は小児甲状腺がんのアウトブレイク(異常多発)の事実を示した。一 方、政府や原子力ムラは「健康被害はない」と事実の隠蔽に必死だ。福島県の甲状腺がんの診断結果から何を学ばな ければならないのか。アウトブレイクの重大さと低線量・内部被曝の危険性を訴える医療問題研究会の高松勇医師に 聞いた。(10月8日、まとめは編集部)



 −福島県の調査で43人の甲状腺がんが見つかったことについて、「アウトブレイク」は言い過ぎとの異論がある ようです。

 福島で起きていることが異常事態なのか普通のことなのかを判断するには、普通の状態と比較してみればわかりま す。福島の県民調査のように集団検診などで病気が発見される割合を発見率と言います。これに対し既存のデータで は実際に1年間に新たに発病する割合である発生率が使われることがあります。この発生率と福島での発見率を正確 に比較するためには、発見率を発生率に換算する必要があります。

 まず通常どれくらいの人が甲状腺がんになるのか、発生率を見てみましょう。国立がん研究センターの統計があり ます(図1)。毎年発生する新たな甲状腺がん患者の数が記録されています。年齢が高いほどがんになる人は多くな ります。15歳から19歳までの年代(福島でがんが見つかった人の年齢層に比較的近い)では92年が最も多く、 10万人に1人となっています。87年では0・2人です。平均すれば毎年10万人に0・5人(100万人に対し 5人)の割合で甲状腺がんが発生していると言えます。

図1

43例のがん発生

 では福島で起きている状況はどうでしょう。事故が起こった11年に、原発に近い浜通りの4万1296人を対象 に甲状腺の検査が行われました。その結果、13例のがんが発見されました。これは発見率にあたりますから、がん 研究センターのデータと比較するために発生率に換算します。

 この13人はこの年がんが見つからなかった場合、がんは少しずつ大きくなり、いつか自分でわかるようになりま す。2年後、3年後に治療を受けることになるはずです。1年当り新たにがんになった数に換算するには、2年の間 に治療すると仮定すれば、13を2年で割って1年あたりの平均を出します。つまり毎年6・5人にがんが発生した こととなるわけです。この期間を3年と考えれば1年あたり4・3人に換算されます。

 このような統計処理をして100万人当り何人発生したことになるかを比較したものが図2です。期間を2年とし た場合は1年当り157・4人に換算されます。通常は5人ですから、発生率は31・48倍になります。6年とし ても通常の10・45倍と大きな数字になります。

 12年の調査では中通りの13万5586人を対象に検査が行われて、30人に甲状腺がんが発見されました。2 年間に換算すれば、発生率は22倍以上大きくなります 【〈(30÷2)÷135,586×1,000,000〉÷5】。異常多発と言わねばなりません。

図2

発見率も異常

 発見率そのものも異常な値であることを見ておきましょう。チェルノブイリ原発事故の事例と比較してみます。事 故後5年となる91年から5年間、山下俊一(福島県立医大副学長)らがチェルノブイリ周辺地域の住民を対象に超 音波診断調査をしています。この時期は甲状腺がんが急増した時期です。ベラルーシ共和国のゴメリでは10万人当 り198人発見されています。他の地域では8・4人から39・7人の割合です(図3)。

 福島では、2次検査の対象者でも検査を受けなかった人が20%から40%近くいます。実際に検診を受けた人の 中で何人発見されたかを補正して計算してみると、11年の浜通りで10万人あたり38・7人、12年の中通りで は35・5人となります。チェルノブイリ原発周辺地域とよく似た割合と言えるでしょう。福島で今後継続的に検診 を重ねていけば、もっと多くの人から甲状腺がんが発見されるはずです。今の福島はチェルノブイリ事故後数年たっ た甲状腺がん急増期とほぼ同じ発見率にあると言えます。

 福島での甲状腺がん発生率は通常の10倍以上であり、発見率でも、チェルノブイリ事故後急増した周辺地域と同 じ発見率になっているのです。この事実を「異常とは言えない」とあいまいにすることはできません。

図3

 −「がんのリスクは100_Sv以上で増加する。内部被曝でも4〜5年経なければ甲状腺がんは発生しないか ら、原発事故の影響ではない」と福島県民健康管理セ ンターはウェブサイトに書いています。
 
 チェルノブイリの調査でも、事故直後から甲状腺がんが増え始めていることがわかります(図4)。4〜5年経て から急増していきます。福島の結果は、すでにチェルノブイリ事故後の急増期と同等の割合で甲状腺がんが引き起こ されていると見るべきです。チェルノブイリが教えているのは、福島は今後さらに急増期を迎えるということです。 ますます多くの人が甲状腺がんを発症する恐れがある。アウトブレイクであると判断するのは当然でしょう。



 「原発事故とは無関係、その前に発がんしていた」とすると、事故以外に甲状腺がんを異常多発させる要因があっ たことになります。甲状腺がんの最大の原因は放射線によるものです。原発の通常運転の時期に放射能障害が引き起 こされたとでもいうのでしょうか。それこそ大変な事態です。

 それと100_Sv以下でもがんのリスクは確実に高まります。「放射能障害が出るはずがない」と主張する人が 根拠にしているのが、広島・長崎の原爆被爆者8万5千人を50年〜97年の48年間追跡調査した放射線影響研究 所プレストンの報告です。

 しかし、実際には、広島・長崎の原爆被爆者調査においても、100_Sv以下の低線量被曝でも、線量とがん発 症リスクとの間には統計計算上、明確な直接比例関係が認められ、がん発症率が上昇することが事実として確認され ています(Pierce、2000年)。

事故直後から増加

 低線量被曝の影響を示すデータはその他、原発関連労働者の健康被害調査、医療被曝調査など多くあります。

 世界15か国の原子力関連企業で働く40万人以上の労働者を調査した「低線量被曝後のがんのリスク」という論 文(2005年)があります。この調査の対象となった被曝がん死亡者は5千人を超えており、広島・長崎原爆研究 の3300人を上回る大規模なものです。ほとんど原発で働いていた労働者で、鉱山や研究所などで長期にわたって 低線量被曝を受けた人たちも含まれます。線量計をつけているため、被曝量も正確に把握ができます。

 調査対象の40万人にも上る労働者の累積被曝量は平均19・4_Svでした。すなわち、平均被ばく線量が20 _Svに満たないのに発がん死亡の増加が認められたのです。また、被ばくによる過剰な発がん死亡の危険性が、 1000ミリSvの被ばくで1・97倍に上昇すると結論付けています。ICRP(国際放射線防護委員会)は 100_Sv当り1・05倍増加するとの前提ですので、いかに大きな影響かが分かります。

 医療被曝についても紹介します。一般に使われる頭部のCTスキャンでは、10歳未満の子どもについて10年間 の超過リスクは、1万回の使用で1例の脳腫瘍、1例の白血病が発生すると推定されています。

 このように低線量被曝のリスクを指摘する研究は2000年代に入って、いくつも発表されています。「100_ Sv以下なら大丈夫」説を唱える人たちは最近の研究成果を見ようとせず、学問的にうそをついてきたことになるの です。(続く)
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