2016年06月24日発行 1433号

【犯罪の陰に日米地位協定/改定要求を黙殺する安倍政権/市民の命と安全、守る気なし】

 元海兵隊員の米軍属による女性殺害事件を受け、日米地位協定の抜本改定を求める声が高まっている。一向になくならない米軍犯罪や事故の背景には、米兵や軍属らに特権意識を与えている地位協定の存在があるというのだ。だが、日米両政府は運用の「改善」で対応する方針だ。地位協定そのものに手をつけるつもりはないのである。

高まる改定要求

 今回の米軍属事件を受け、米軍基地を抱える14都道県でつくる「渉外知事会」は6月3日、防衛・外務両省と在日米大使館に日米地位協定の改定などを求める緊急要請を行った。会長の黒岩祐治・神奈川県知事は「実効性のある具体的な再発防止策を強く要請する」と訴えた。

 要請後、記者団の取材に応じた沖縄県の安慶田(あげだ)光男副知事は「地位協定に守られているという米軍関係者の意識を改革しない限り、悪辣な事件はなくならない」と述べ、今回の事件や基地問題の根底にある日米地位協定の抜本改定を強く求めた。

 このように、「基地があるゆえの事件・事故」に悩まされている人びとにとって、日米地位協定の改定は切実かつ最低限の要求である。それなのに、日本政府が示した「再発防止策」は警官増員や防犯カメラの整備など米軍に指一本触れないものばかり。地位協定については運用「改善」でごまかそうとしている。

事実上の治外法権

 ここで日米地位協定について確認しておこう。外務省のウェブサイトは、在日米軍の「円滑な行動を確保する」ために、米軍による施設・区域使用と日本における米軍の地位について規定したもの、と説明している。わかりやすく言うと、「アメリカが占領期と同じように日本に軍隊を配備し続けるためのとり決め」(前泊博盛・沖縄国際大学大学院教授)だ。

 この協定にもとづき、在日米軍およびその構成員(軍人、軍属、それらの家族)には、様々な治外法権(日本の法律に従わなくてよい権利)が与えられている。主なものをまとめてみよう。

 (1)財産権(日本国は、米軍の財産について捜索や差し押さえを行う権利がない) (2)国内法の適用除外(航空法の適用除外や自動車税の減免など) (3)出入国自由の特権 (4)基地の排他的管理権(日本側の出入りを制限。事件・事故時も自治体による基地内の調査を拒否) (5)裁判における優先権(犯罪米兵の身柄引き渡し拒否など) (6)基地返還時の原状回復義務免除(有害物質の除去義務がない)

 いずれも重大な問題だが、ここでは今回の事件に関連する(5)について述べる。米軍の「公務中」に生じた事故・事件は米側が第1次裁判権を有する(公務か否かの判断は米軍が行う)。「公務外」なら日本の裁判権が優先するが、容疑者の身柄が米国側にあるときは、日本側が起訴するまで引き渡さなくてよいことになっている。今回の事件でも容疑者が基地内に逃げ込んでいたら、日本の警察は逮捕できない可能性があった。

 それだけではない。米兵らの公務外犯罪については「日本にとって著しく重要な案件以外は裁判権を行使しない」という日米の密約(1953年)が存在する。その影響か、在日米軍関係者の犯罪は起訴率が低い。2015年を例にとると、一般刑法犯で第1次裁判権が日本にある91件のうち74件が不起訴。強姦・強姦致死傷に至っては5人全員が不起訴であった。

 これでは米兵や軍属が「罪を犯しても守られている」という特権意識を抱いても不思議ではない。地位協定が数々の人権侵害や犯罪・事故の温床になっているのである。それなのに安倍政権は改定要求に耳を貸さない。やはり、市民の命と安全を守る気などないということだ。

日本も派兵先に強要

 今の地位協定は1960年の締結以来、一度も改定されていない。日本国憲法を「占領軍の押しつけ」と非難する安倍晋三首相も、それこそ占領期を思わせる地位協定については改定のカの字も口にしない。「何たる弱腰外交か」と言いたくなるが、事態はそれほど単純な話ではない。

 実は、日本も独自の海外派兵を行うにあたり、自衛隊の法的地位を定めた協定を当該国と結んでいる。たとえば、アフリカ・ジブチ共和国には海賊対策を名目にした自衛隊初の海外基地が存在するが、自衛隊のジブチ駐留部隊には地位協定にもとづく様々な特権が与えられている。

 一例をあげると、ジブチにおいて自衛隊員や海上保安官がいかなる犯罪行為を行ったとしても、現地の法律は適用されず、日本の法律で日本の裁判所が裁くことになる。日米地位協定でいう「公務中・公務外」の区別すら存在しない。つまり、自衛隊は在日米軍以上の治外法権をジブチで確保しているのである。

 こうしてみると、日本政府が日米地位協定の見直しを米国側に提起しないのは、弱腰だけが理由ではない。むしろ「軍隊が一般の法律に縛られないのは当たり前」という軍事優先意識によるところが大きいといえよう。

 軍隊は住民を守らない。地位協定をめぐる問題はこの一言に尽きる。    (M)



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