2016年11月11日発行 1452号

【どくしょ室/崩壊するアメリカの公教育 日本への警告/鈴木大裕著 岩波書店 本体1800円+税/「商品化」が不平等を拡大】

 1枚の写真がある。個別に仕切られた空間が何列も並ぶ広い部屋。企業のオフィス、あるいはコールセンターかのように見える。しかし、座っているのはテレフォンオペレーターではない。子どもたちだ。これは米国のあるチャータースクール(公設民営校)の授業風景なのである。

 ここの生徒たちは毎日2時間コンピュータに向かい、プログラムされた「個別指導」を受ける。学校側は正規教員を減らし、教員免許のない時給15ドル(約1500円)のインストラクターにこの「授業」を任せている。一度に最大130人の生徒をモニターすることによって、年間約50万ドルを節約できるからだ。

 この学校の拠点はカリフォルニア州シリコンバレーにある(全国展開予定)。理事には大富豪が設立した財団がずらりと並び、フェイスブックやスカイプなどの世界的IT企業が多数後援している。ちなみに、この学校の支援者であるシリコンバレーの社長連中は、自分の子息たちは「芸術教育を通した人間形成」が売りのシュタイナー学園に通わせているという…。

 本書は、ニューヨーク在住の教育学研究者で2人の子どもをハーレムの公立学校に通わせている著者による衝撃のレポートである。新自由主義教育「改革」の嵐に飲み込まれた米国の公教育。その実情が恐ろしいほど伝わってくる。

 学力テストの成績が悪い公立学校は容赦なく閉鎖され、チャータースクールに移行するか、教員を総入れ替えするなどの大胆な「再建」策を施される。これが全米各地で進む教育民営化の典型的手口である。

 たとえばシカゴの場合、2004年から2011年までの間に100近い公立学校が閉鎖され、代わりに85のチャータースクールがオープンした。学校閉鎖のたびに教員は一斉解雇され、職を失うか、悪条件での再雇用を余儀なくされた。

 このようなチャータースクールの多くは営利企業が運営している。税制面で優遇されるなどのメリットがあり、景気に左右されずに儲かる「人気商品」になっているという。民営化の一方で、公教育予算は削減の一途をたどった。その結果、貧困地区の学校は教科書を人数分揃えられず、チョークやトイレットペーパーさえ不足する事態となった。

 「日本ではまだ、新自由主義の本当の恐ろしさが知られていないのかもしれない」と著者は言う。教育を市場原理に委ねてしまえば、公教育は崩壊し、教育格差のすさまじい拡大をもたらす。米国の過ちをくり返してはならない。  (O)
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