2016年12月02日発行 1455号

【どくしょ室/負けない人たち 金子勝の列島経済探訪レポート/金子勝著 自由国民社 本体1500円+税/新自由主義に対抗する社会の実践】

 経済学者の著者による「列島経済探訪レポート」との副題を持つ本書は、各分野で活躍している人へのインタビュー集である。「新しい未来社会を創造していると思う方々に登場」してもらい、未来社会の具体的なイメージを共有したい、とするものだ。著者が書名を『負けない人たち』としたのは、彼らに「苦難や迷いを一つひとつ乗り越えてたどり着いてきた個人史」があったこと、ならびに新自由主義による破壊に地に足をつけたとりくみで対抗していることを端的に表現するためである。

 著者の意図は何か。「息を吐くように嘘をつく政治」―安倍政権の3年間の中で働き方までが壊れ出した。いま人間の経済を再建することは急務だ。ところが、著者は「政策論や産業戦略論をいくら書いても、反知性主義のポピュリストの扇動が行き交う状況の下では一部の人にしか届きません」という現実に悩み、「どこかで何かが欠けているという」感覚を捨てきれないできた。そんなときには現場に目を向けるしかない、と本書を著すことにした。

 自然と科学技術・文化・福祉・再生エネルギーと地域づくり・福島の5つの分野で13人の活躍している人たちが登場する。困難を経て現時点にたどり着いた個人史があるだけに各人の言葉は重い。

 無農薬無肥料の農業に取り組んでいる岡本さんは「僕の野菜を求めている人は地元の人ではなく、都会で疲れている人だ」という。それは、「食が荒れてきて、何かおかしいなと気付き始めた人が食に問題がある」と分かってきたからではないか、と捉えているからだ。

 39歳でアルツハイマー型認知症を患った丹野さんは営業職から事務職に異動して仕事を続けている。彼の取り組みは、認知症当事者の悩みを認知症当事者が応じる相談窓口の開設であり、「当事者も『自分が困っていること』をオープンにできるような環境ができていれば、認知症でも普通に生活できる」という。

 リニア新幹線計画に反対して大鹿村を守ろうとする前島さん、戦場カメラマンの亀山さん、新しい演劇空間をつくろうとしている金子あいさん、ディズニーランドの労働環境改善を働きかける浜元さん、一時宿泊所やフードバンクで生活困窮者を支える鈴木さん、野宿者ネットワークで活躍する生田さん、自身が視覚障がい者で障がい者雇用の変革をめざす成澤さん、再生エネルギーで地域経済の下支えをする豊岡さん、市民風車プロジェクトを進める鈴木さん、環境負荷の少ない農業で新たな農業経営をめざす大津さん、福島で放射能汚染物質の濃縮隔離を追求する万福さん。

 それぞれの取り組みは以降もなお紆余曲折があるかもしれないが、新自由主義ではない今後の社会を見通すイメージを与えてくれる。     (I)
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