2017年03月03日 1467号

【元日本テレビアナウンサー 小山田春樹の あなたの知らないTVの世界 第5回 「こらぁ!帰れ!」 でも道は開ける】

 「横山さん、お身体はもうよろしいのですか?」「お身体?何ぬかすねん!阿呆(あほ)!わし、生きとるやんか!ここにおるやんか!」「体調如何(いかが)ですか?」「なんや、けんか売るんか?」「横山さん入院していらしたから体調はどうかお聞きしているんです」「…。さよか、すまん。あんた心配してくれてたんやな」。横山やすしさんは眼鏡を外して泣き出した。鬼のような顔をして私を怒鳴りまくっていた彼は、優しい眼で私に詫びた。私がフジテレビ系『おはようナイスディ』のリポーターとして、横山さんに直撃インタビューを試みた時の模様は、朝のワイドショーで全国に放送された。私が日本テレビを退職しフリーで活動し始めた1986年の出来事である。

 マイクを向けてインタビューする仕事を長年やっていると、いろいろしんどいことがある。相手に怒鳴られたのは3回目だったが、横山さんは楽な方だった。見かけは怖そうでも根は優しい人柄なことは分かっていたからだ。

 もっと大変だったのは、米国ラスベガスのカジノで大損した浜田幸一衆院議員(自民党)を取材した時だった。1973年、浜田氏がラスベガスのカジノで4億6千万円(当時の為替レート換算)を一晩ですってしまった事件は1980年に発覚。大金を誰が支払ったのか、多額の円を持ち出したのは外国為替管理法違反ではないか、など国会で問題となった。当時私は日本テレビの局アナウンサーとして、『ズームイン朝』のリポーターを担当していた。私は、千葉県にある浜田氏の地元事務所前で突撃インタビューを試みた。

 「浜田先生、日本テレビの小山田です。お話を伺いたいです」「こらぁ!帰れ!」「ラスベガスで負けたお金は誰がいつ支払ったのですか?」「黙れ!帰れ!聞こえないのか!この野郎!」「さっきお父様がいらして息子をよろしく。冷静に息子の話を聴いてあげてくださいとおっしゃってました。お願いします。主張したいことがあると思います」「え?親父が来たの?そうか、親はありがたいもんだよな。怒鳴って悪かった。私は大損した被害者なんだよ。わかってくれよな。さあ、中にお入りください」。浜田氏は涙を流しながら、インタビューに応じてくれた。

 怒鳴られても屈しないで、相手の懐(ふところ)に飛び込んでいく。取材・インタビューの心構えはこれに尽きる。相手に媚(こ)びてはいけないし、けんかをしてもいけない。一対一の生身の人間が真剣に対話すれば道は開ける。これが私の信念である。

(フリージャーナリスト)
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