2017年07月14日 1485号

【獣医師は足りないのか? 特区は私物化規制緩和 加計学園獣医学部は不要】

 安倍政権による「オトモダチ」優遇、私物化の象徴となった加計(かけ)学園の獣医学部新設問題。日頃なじみのない分野だけに報道ではなかなか本質が見えてこない。安倍首相は「国家戦略特区で岩盤規制にドリル」と叫びたてるが、そもそも獣医学部は必要なのか。本質に迫る。

獣医師は足りている

 獣医師になるには、獣医学部学科を卒業し、獣医師国家試験に合格、獣医師免許を受けることが必要だ。

 現在国内で獣医学に関連する学部学科を置いている大学は16校(表1)。北海道、首都圏、西日本に目立つが、私立は酪農学園大学(北海道)以外、すべて首都圏にある。



 国立大学の募集定員は毎年30〜40人程度。私立大学では100名を超える獣医師希望者を入学させているところも多い。獣医系学部学科を擁する私立大学は首都圏に集中している。6年制で多額の学費がかかるため、首都圏の富裕層の学生以外にはほぼ門戸が閉ざされているのが現状だ。

 獣医師法を所管する農林水産省によると、現在、獣医師免許保有者は全国で約3万9千人。その内訳は産業動物(牛・豚・鶏・馬・羊・山羊など)の診療業務をしている者が全体の11・0%、農水省、厚労省、保健所・家畜保健衛生所(各都道府県に設置)などに勤務する公務員が24・2%、小動物診療(動物病院など)が38・9%、その他が14・2%。この他、獣医師免許を持ちながら獣医師業務に就いていない、いわゆる「ペーパー獣医」が11・6%もいる。注目すべきは、産業動物診療に従事している人よりもペーパー獣医の数の方が上回っていることだ(表2)。



 獣医師の数は足りている。既存16大学の獣医学部の定員から考えても、新設が予定されている加計学園の獣医学部の定員(160人)は突出している。「オトモダチ」優遇以外の何物でもない加計学園の獣医学部新設など不要だ。

厳しい産業動物診療

 獣医学部卒業者の就職先は、(1)公務員(農水省、厚労省、地方自治体の保健所、家畜保健衛生所)(2)産業動物診療(全国各地の家畜・畜産農協など)(3)小動物診療(動物病院、動物園など)にほぼ限定されており、多額の学費を要する割には就職先が少ないのが実情だ。

 このうち公務員獣医師の年収は一般的な事務職公務員とほとんど変わらず、30〜40歳代の中堅で500万円程度が多い。仕事の内容は、保健所での犬の予防接種や、指定伝染病(口蹄疫<こうていえき>、鳥インフルエンザなど)が起きたときの消毒、家畜の殺処分と重要だが地味で目立たない仕事が多い。伝染病発生などの場合を除けば産業動物を扱う機会は多くなく、それほど重労働でないため、獣医師の4分の1がこの分野への就職だ。

 産業動物診療は、最も人手不足に苦しんでいる分野だ。就職先である家畜・畜産農協は小規模で経営が苦しいところが多く、賃金は公務員以下のところがほとんどだ。重労働なのにこの低賃金では人手不足になるのは当然である。獣医師国家試験受験者の半数以上を女性が占める中で、女性が安心して長期に働くことが困難な労働環境がこうした傾向に拍車をかけている。近年この分野の仕事の重要性が認識され、徐々に志望者は増えつつある。それでもこの分野に進む獣医師は「ペーパー獣医」さえ下回る。

 小動物診療はこれとは逆に最も人気のある分野だ。独立開業した動物病院経営者には年収が3千万円を超える者もいる。扱うのは犬、猫、小鳥などで、重労働でない割には収入がよく獣医師の4割がこの分野に進む。だが、動物病院需要を生むペット飼育数も、犬は激減、猫も横ばいか微増と明らかに減っており、需要拡大の見通しはない(図3)。


待遇改善こそ重要

 日本の畜産・酪農業を下支えし、その維持発展を図る上で最も重要な産業動物診療分野に進む獣医師が重労働・低賃金に苦しむ。その実態を知っている獣医師の多くが免許を持ちながらも獣医師の仕事をやりたがらない―。

 どこかで同じ構図を見たことがないだろうか。そう、保育士・介護士など福祉の仕事と同じ構造的問題だ。今、獣医師に対して日本社会が早急に行うべきことは、その仕事の重要性を正当に評価し、獣医師の待遇を引き上げ、即戦力でありながら眠ったままのペーパー獣医の復帰を促すことである。女性が働きやすい環境を整備することも重要だ。

 重労働・低賃金を放置したまま、獣医師への門戸を広げるだけでは問題解決にならない。「加計学園優遇がおかしいというなら全国に獣医学部を展開すればいい」という安倍発言は何の根拠もない「逆ギレ、開き直り」にすぎない。

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 国家戦略特区自体、市民生活に必要な政府の規制を解体するグローバル資本のための制度だ。最初は特定の一地域だけで規制を突破、それを全国に拡大して資本のぼろ儲けを実現させる。その過程が私物化と腐敗の温床となり、加計疑獄を生んだ(3面参照)。

 獣医師なんて、どうせ人の健康にかかわらないのだから関係ない―そう思う人もいるかもしれない。だが公務員獣医師の多くは農水省や厚労省で食肉類の安全基準策定の仕事を通じて市民生活や健康に直接かかわっている。規制緩和で質も労働条件も問わず数だけを増やした獣医師がこの重要な仕事に携わることになってもいいのだろうか。

 加計学園問題は、単なる「オトモダチ」問題ではない。市民の生命、健康にも直結する重大問題なのだ。 (C)

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