2017年10月13日 1497号

【未来への責任(234)被害者の権利貶(おとし)める「解決済み」論】

 韓国文在寅(ムンジェイン)大統領は8・15光復節の演説において「韓日関係の障害物は過去事それ自体ではなく、歴史問題に対する日本政府の認識の如何にあるからです。日本軍慰安婦と強制徴用など韓日間の歴史問題の解決には、人類の普遍的価値と国民的合意に基づく被害者の名誉回復と補償、真実究明と再発防止の約束という国際社会の原則があります。わが国政府は、この原則を必ず守るでしょう。日本の指導者の勇気ある姿勢が必要です」と述べた。その後の記者会見では「両国間の合意が一人一人の権利を侵害することはできない。強制徴用者個人が三菱をはじめとする相手会社に対して持つ民事上の権利はそのまま残っているということが韓国の憲法裁判所や最高裁(大法院)の判例」と応えた。

 この発言に対し、日本政府と大手メディアは「歴史再燃防ぐ努力こそ」(朝日)「外交の根幹を崩すな」(東京)「文大統領の光復節演説 慎重さ欠く『徴用工』言及」(毎日)と一斉に反発した。2012年に韓国大法院が、元徴用工被害者が新日鐵住金と三菱重工を訴えた裁判で、「植民地支配」自体が「不法・無効」であり「植民地支配に直結した不法行為」の損害賠償請求権は消滅していない、と判決した時にもマスコミは「ちゃぶ台返し」と報じた。

 日本政府は2000年代の戦後補償裁判で個人請求権自体の消滅を主張し始めたが、それまでは1992年の国会答弁以来一貫して“日韓条約締結によって消滅したのは個人の請求権ではなく外交保護権である”と繰り返し説明してきた。また、最高裁は2007年の中国人強制連行裁判において「請求権を実体的に消滅させることまでを意味するものではなく、当該請求権に基づいて裁判上訴求する権能を失わせるにとどまるもの」と判示した。

 一方、韓国政府も盧武鉉(ノムヒョン)政権下の2005年に「韓日請求権協定は基本的に日本の植民地支配賠償を請求するためのものではなく」「日本軍慰安婦問題等、日本政府・軍等の国家権力が関与した反人道的不法行為については、請求権協定により解決されたものとみることはできず、日本政府の法的責任が残っている。サハリン同胞、原爆被害者問題も韓日請求権協定の対象に含まれていない」との見解を示した。

 日本政府が呪文のように唱える日韓条約解決済み論は、あくまでも外交保護権の放棄=政治的解決済み論であり、元「慰安婦」や強制動員被害者の個人請求権については(裁判上訴求できるかは別として)日韓両政府ともに消滅していないという立場に立っていたということである。

 文在寅大統領の言う「国際社会の原則に則った解決」とは、けっして日韓条約の「ちゃぶ台返し」ではなく、日韓請求権協定において「封印」されてきた日本の植民地支配、その犠牲となった被害者の権利回復であり、日韓条約で解決されなかった日本の朝鮮植民地支配に対する責任を日本政府が認めるかどうかの問題なのである。

(日本製鉄元徴用工裁判を支援する会 中田光信)

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