2018年03月14日 1518号

【過労死促進が「成長戦略」/安倍流「働き方改革」の正体/残業代ゼロ法案にとどめを】

 安倍晋三首相は「働き方」関連法案から裁量労働制の対象拡大を削除し、今国会での提出を断念した。政権へのダメージがこれ以上重なれば、改憲論議に支障をきたすと判断したからである。だが、連中が「残業代ゼロ法案」をあきらめたわけではない。「高度プロフェッショナル制度」の創設は維持するとしているからだ。

改憲への影響を懸念

 3月1日の参院予算委員会。安倍首相は「働き方」関連法案に盛り込む予定だった裁量労働制の対象拡大を「全面削除する」と表明した。裁量労働制に時短効果があるとしたデータに捏造(ねつぞう)疑惑が浮上。怒りの声が高まる中、ついに撤退に追い込まれた。

 裁量労働制の拡大はグローバル資本の強い要望である。それだけに、財界団体幹部は「今回は政府の自爆だ。裏切られた気持ちだよ」と不満をあらわにしている。だが、安倍政権にはスポンサーとの約束を反故にしてまでも、早期の事態収拾を図らねばならない事情があった。

 朝日新聞の世論調査(2/17〜2/18実施)では対象拡大への反対意見が58%を占め、賛成17%を大きく上回った。このまま法案を提出すれば内閣支持率の急落は必至である。自民党内からは「安倍政権にとって命取りになりかねない。政府として切り離しを決断すべきだ」(西田昌司参院議員)との声が上がっていた。

 安倍首相が最も気にしたのは改憲論議への影響であろう。事実、日本会議系の自民党議員は「裁量労働制の問題でこれ以上与野党対立が激しくなれば、改憲論議に影響が出る。安倍首相にとっては改憲が一番の課題だ」(3/2しんぶん赤旗)と解説する。答弁撤回も謝罪も「改憲のため」と考えれば辻褄(つじつま)が合う。

高プロ創設は維持

 もちろん、「大企業ファースト」の安倍政権が財界の要望を完全に無視するはずがない。削除したのは「裁量労働制の拡大」のみで、残業代ゼロ・定額働かせ放題策動のもう片方である「高度プロフェッショナル制度(高プロ)」の創設は今国会で成立させる考えを崩していない。

 高プロ制とは、専門的な業務を扱う事務職を対象に、労働時間の規制を外す制度のこと。該当者には労働基準法4章の労働時間、休憩、休日及び深夜の割増賃金に関する規定が適用されなくなる。「時間外労働」という概念自体がなくなるので、残業時間や休日・深夜の割増賃金は一切支払われない。

 安倍首相は「対象者は年収1075万円以上の専門職で同意した者に限られる」と強調。こういう人は会社との交渉力があるので「長時間労働を強いられることはない」と説明する(3/2参院予算委員会)。毎度おなじみ、口からでまかせというほかない。

 法案に「年収1075万円以上」という縛りなどない。あるのは「基準年間平均給与額の三倍の額を相当程度上回る水準として厚生労働省令で定める額以上であること」という文言だ。「厚生労働省令で定める」ということは、法改正をせずに変更が可能なことを意味している。

 高プロ制ができてしまえば、次は年収要件の引き下げが画策されることは目に見えている。なにしろ推進者である経団連の提言では、年収400万円以上の労働者が対象にされているのだ。

 労働者派遣法の悪しき前例を思い起こしてほしい。派遣法が1985年に制定された際、対象は13業務に限定されていた。それが製造業派遣まで解禁され、今ではありふれた雇用形態になってしまった。同じ手法が狙われていることは明らかだ。

完全断念に追い込め

 高プロ制にせよ裁量労働制にせよ、資本側の狙いは人件費の抑制にある。どんなに長時間働かせても、その実態に即した残業代を払わずに済む制度を欲しているのである。このリクエストに沿って安倍政権は動いてきた。

 昨年の衆院選で安倍自民党が打ち出した「政権公約」には、「イノベーションが可能にする魅力的なビジネスを世界に先駆けて実現させるため、岩盤規制改革に徹底的に取り組みます」との一文がある。上西充子・法政大教授が指摘するように、これは高プロ制の導入や裁量労働制の拡大のことを指している。

 つまり安倍政権は、労働者保護のための法制度を「岩盤規制」とみなし、これを打ち砕くことを「成長戦略」の柱に位置づけているのである。資本のボロ儲けのために奴隷労働を強いられる労働者はたまったものではない。人命軽視もはなはだしい。

 3月1日、「東京過労死を考える家族の会」は厚生労働省への要請行動を行った。中原のり子代表は「裁量労働制の切り離しで済むものではなく、高プロ制も白紙撤回すべき。高プロはスーパー裁量労働制、残業代ゼロの最たるもの」と訴えた。

 「働き方」関連法案の正体は長時間労働を野放しにする「過労死促進法」だ。追及の手をここで緩めず、悪法制定の野望を完全に断念させねばならない。     (M)



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