2018年05月04日・11日 1525号

【高齢化社会に求められる小規模多機能施設とは/利用者が生き生きと暮らせることをめざして】

 4月のある日、東京・下町の小規模多機能型居宅介護施設を訪問した。外見は普通の一軒家だが、足を踏み入れると明るく広い部屋が広がり、高齢の利用者がゆったりとくつろいでいた。スタッフが昼食作りに励む傍らで、それぞれが思い通りに過ごしているようだ。   (Y)

 小規模多機能型居宅介護は利用者が自立した日常生活を送れるようにと2006年、新設された。「通い」を中心に短期間の「宿泊」や自宅への「訪問」を組み合わせ、家庭的な環境と地域住民との交流の下で日常生活の支援や機能訓練を行う。在宅介護サービスの一種だが、「通所介護(デイサービス)」「訪問介護」「短期入所生活介護(ショートステイ)」といった個別の事業とは異なり、ひとつの事業所で利用者の全生活に関わってくる事業となる。

 施設を案内してくれた事業責任者の大久保信之さんは老人病院の医療ケースワーカーを経て、小規模多機能型居宅介護制度の元になった、認知症高齢者に通所・訪問・宿泊などを提供する「宅老所」を運営するなど、40年来のベテランだ。事業運営の基本的な考えを聞いた。

みんなでつくる施設

 「小規模多機能は“看取り”までかかわれる事業所だと思う。だから、できるだけ特養ホームに入れるのではなく、ここの利用者は最期までかかわろうとの考えで受け入れる。一方、人手不足の中でスタッフの負担を増やすことが多くなるため、なぜ受け入れるのかをきちんと丁寧に伝え、理解してもらう。そうでないと、めざすものの実現は困難になる」。文字通り、みんなでつくる施設ということになるのだろうか。

 その思いは、数千万円をかけて増改築した施設の”造り”に表われている。「改築にあたっては、気持ちよく入浴してもらうことをはじめ、利用者みなさんの共有の施設として感じてもらい、施設全体を使って過ごしてもらえるよう工夫した。また、地域の方がたとの接点の場として地域向けスペースを作り、今年から介護者教室、認知症カフェを始めた」

 バリアフリーに配慮した広い浴槽には、これまで入浴を拒否していた人も入るようになり、「気持ちいい」と湯船に1時間浸かる人もいる。テーブルが並べられたウッドデッキは日差しが入り、木材を使用した柔らかさが伝わる癒しの空間だ。ウッドデッキへの出入りなど、隣近所との関係は「施設への理解と協力もあり、友好的」だという。

 初めての認知症カフェには地域の人たちが数名参加した。施設に初めて来てみたという人もいる。ドキュメンタリー映画『毎日がアルツハイマー』を鑑賞するなどし、「楽しかった」「もっとたくさん来るといいわね」の感想が上がった。

 大久保さんは語る。「ケアプランを作るときは、家族ではなく本人がどうしたいかを重視している。体の動きや認知症の程度で意思表示が十分できない人の場合、その人らしく生活するにはどうしたらよいかを考える」。ややもすれば認知症の高齢者を持つ家族の大変さがクローズアップされがちだが、大久保さんは当事者の生きざまに目を向け、たとえ認知症となっても当事者が生き生きした表情で暮らせることに重要な目標を置いている。“ひとりひとりの人格の尊重”―民主主義の根幹を福祉の労働現場で学ばされる思いだ。

あと少しスタッフがいたら

 施設は、毎日のデイサービスや夕食までの利用、必要に応じた宿泊を提供している。「50代の若年性認知症の方は体力があるがゆえに暴力行為もあり、1対1の個別ケアを行っている。これは小規模多機能だからできることだと思う。この方には、週1回の泊まりも提供しており、そのことで家族の負担が軽減されケアに余裕が出て落ち着いてきた」。重度の認知症の人への対応、安否確認ができることで安心した在宅生活を継続していけるため、利用したいという相談は多い。

 事業の重要性と受け入れる側の状況の厳しさ。大久保さんは「あと2、3名スタッフがいたら…」が口癖になっている。人手不足が解消されない現状と低い介護報酬の制度問題は深刻だ。「複合的に経営できる大規模事業所に有利になっていて、小規模の経営ではギリギリの運営になる制度だと思う。介護保険制度になって17年以上経つが、認知症の人たちの尊厳を重視した受け皿は不十分なままだ。『自立』ばかりを強調せず、利用者の実態、事業所の実態や努力を行政は把握してほしい」

 在宅生活を支え認知症の人たちにかかわる役割を考えれば、事業所が増えないこと自体が問題ではないだろうか。「運営が続かず閉鎖が増えることが心配だ。国が本気で増やしたいというなら、介護報酬や利用者に責任を持てる体制の改善が必要ではないか」。大久保さんは訴える。

 
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