2018年08月03日 1537号

【西日本豪雨で200人以上の犠牲者/「逃げ遅れ」がなくならない本当の理由/「支配する行政」を改めよ】

 西日本を襲った記録的豪雨。15府県200人以上の死者が出た。多くは「逃げ遅れ」が原因と言われる。洪水の場合、事前の気象情報で準備はできる。だが行政機関は毎回「情報を生かせ」とくりかえすだけだ。なぜ教訓は生かされないのか。

脅すだけの避難情報

 気象庁や自治体は事前情報を活用し「早めの避難」を呼びかけるが、「逃げ遅れ」で犠牲になる事例は無くならない。必ず被害にあうことがわかっていれば誰でも避難する。気象庁・市町村の情報と避難行動との間にギャップが存在しているのだ。

 国や自治体はこのギャップをどう埋めようとしてきたのか。気象庁は、2013年から従来の「警報」に加え、「特別警報」を発することにした。「災害発生の危険性が住民や地方自治体に十分には伝わらず、迅速な避難行動に結びつかない例」があったこと認め、より切迫感が伝わるように「特別」とした。

 当時「特別警報は、これまでにない危険が迫っていること」を知らせるもので、「ただちに身を守るために最善を尽くしてください」と解説していた。今では、「発表時には避難を完了してほしい」とさらに強調している。

 災害対策基本法は「避難勧告」を出す義務を市町村長に課している。この「勧告」も避難に繋がっていないと、16年から「避難指示(緊急)」と表現を強めた。

 気象庁も市町村も「切迫感」を伝える表現をエスカレートさせることで対応してきた。だが「逃げ遅れ」はなくならない。そもそも、「早く逃げないのは脅し方が足りない」とする発想が間違っている。

身の危険を感じるには

 自治体の指示を待たず、避難した地域があった。「西の山がかすんで、通常ではない雨が」「川の上流にもやが立ち上っていた」。地域の一人が気づき、近隣に声をかけ避難した。「古い集落、古い家は被災しない」。古くから家が建つところは、繰り返す水害を経て、被害を免れる術(すべ)を身につけてきたことを意味する。地域に受け継がれる被災体験が危険信号と繋がっている。地域の地形、地質、被災履歴に基づいた「知識」が「古老の教え」となり継承されている。だが今そうした地域は限られている。

 行政機関の発する情報は、この「古老の教え」に替わることができない。違いは何か。行政機関の情報には「自宅を捨てる覚悟」を促すほどの具体性がないからだ。

 政府は「平成の大合併」を無理強いし、市町村の数を減らした。広い地域が対象となった。その一方、「行財政改革」と称して人員・組織をスリム化させてきた。その結果、地域住民の命と生活を守る業務、人員は削られてきた。市町村単位の「特別警報」では「自分の地域は違うだろう」との思いを打ち消すことはできない。市町村は避難指示を出す地域を限定する困難な判断を迫られる。しかし避難指示が出ても「まだ大丈夫だ」と思う。気象庁や自治体の情報では目の前の河川があふれるかどうか、裏山が崩れるかどうかはわからない。「避難する時間も避難できる状況でもなくなった」とき、初めて避難の必要性を実感するのだ。

情報を主権者の手に

 問題は、自治体の人員や組織体制の弱さだけではない。むしろ政府の「統治」に追随する「下請け機関」に徹していることにある。

 防災情報に限らず、行政機関は不特定多数の市民を対象に広報し、良しとする。後は市民任せ。「お上」が告知する立札と変わりがない。「各自、差しさわりがないよう振るまえ」というに等しい。情報は、為政者の統治のためのものではない。主権者たる市民が自らの生活の場で役立てるものだ。それには地域の特性に応じた、市民の生活環境に応じた具体性が必要だ。「あの山がかすむほどの雨(時間雨量◎◎_)が降れば、◎時間後に河川は氾濫(はんらん)する」と生活の場の指標と結んで、情報は初めて「古老の知恵」となり得る。情報が届きにくい「情報弱者」や避難行動が困難な「避難弱者」の問題も具体的な課題として浮かんでくる。

 国による統治が強まれば、地方自治が弱まっていく。自治体が市民の側に立って情報のあり方、業務のあり方を見直すことが「逃げ遅れ」による不幸を避けることにつながる。それは、新自由主義政策の下で破壊されてきた地域コミュニティーの再生、住民自治の強化のためにも、必要不可欠なことだ。

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 一部で「避難指示」を「避難命令」に改めよとの声がある。「命令」で国民を動かすつもりか。市民が自らの状況を理解し自分の判断で行動を取る自治の精神とは真逆な発想だ。お上にすべてを任せよという自民党改憲草案の「緊急事態条項」につながることを警戒しなければならない。

 西日本豪雨の夜に開かれた酒宴「赤坂自民亭」が象徴的だ。行政機関の長である安倍首相は気象庁の緊急会見を「国民の危機」と受け止めることはなく、末席の片山さつきは数日後またぞろ「緊急事態条項」改憲を説く。彼らには、国民の命を守ることなど頭の片隅にもないのだ。

 
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