2018年10月12日 1546号

【非国民がやってきた!(291) 土人の時代(42)】

 本連載「非国民がやってきた!(287)」の末尾に次のように指摘しました。

 「遺骨返還に関する政府決定と自然史博物館の実施措置は、遺骨返還の可否が先住民族の文化的信念と、学術研究の便益、及び外交圧力のバランスのもとにあることを示しています。

 学術研究の実体が何かが問題となります。植民地主義による植民学や文化人類学が『学問』として成立した時代と、コンピュータを駆使する最先端の現代生理学の間に果たしてどれだけの位相の転換があったのかです。」

 アメリカやイギリスにおける遺骨返還問題において、不十分ながらも、出所・出自の判明した遺骨を先住民族共同体に返還する事業が続いてきましたが、返還事業を押しとどめる要因の一つが「学問」であったからです。研究者は、遺骨を先住民族に返還すると自分たちの研究のチャンスが失われ、制約されることから、返還に疑問を呈してきたのです。建前の理由は「責任ある保管体制のないままに返還すると遺骨が失われ、破損する危険性がある」というものです。遺骨が再埋葬されれば、研究の機会が失われるためです。

 「コンピュータを駆使する最先端の現代生理学」にとって、先住民族共同体の祖先への慰霊や宗教観念は取るに足りないものにすぎず、自分たちの研究こそが重要なのです。

 その典型例が報告されています。日本の人類学者が、大学に保管されているアイヌ民族の遺骨からDNAを抽出して研究論文を書いて、アメリカの学術誌に発表したことが判明したのです。

 フリーランス記者で、『非除染地帯――ルポ3.11後の森と川と海』(緑風出版)などの著書のある平田剛士によると、問題の論文は『アメリカン・ジャーナル・オブ・フィジカル・アンソロポロジー(アメリカ自然人類学雑誌)』第165号(2018年)に掲載された「Ethnic derivation of the Ainu inferred from ancient mitochondrial DNA data(古代ミトコンドリアDNAデータから導かれるアイヌの民族起源)」です。2017年10月11日に発表されたようです。現在もWilley Online Libraryのオープンアクセス頁に掲載されているので誰でも読むことができます。

 執筆者は、筆頭が安達登(山梨大学医学部教授)、連名が篠田謙一(国立科学博物館副館長、日本人類学会会長)ら4人、合計5人の日本人研究者です。

 平田剛士によると、論文の趣旨は<アイヌの真の遺伝的特徴を明らかにする>ために<江戸期のアイヌ94人のミトコンドリアDNAを用いて、それぞれのコード領域においてハプログループを決定し、出現頻度をその他の集団と比較>した。その結果<アイヌが北海道縄文人の母系を今なお引き継いでいることが分かった。また、縄文期より新しい時代のシベリア集団の影響をはるかに強く受けていることが示された。とりわけ本州島と隣接する北海道南東部において、本州日本人の影響を受けていることも明らかになった>というものです。

 本連載(272)〜(275)で紹介したように、アイヌ民族の各地のコタンの人々が北海道大学をはじめとする各大学に保管されているアイヌ遺骨の返還を求めてきました。文部科学省の調査によると各地の大学に1600余のアイヌ遺骨が保管されています。ごく一部が返還されたものの、多くは返還が拒否されたままです。

 今回、DNA抽出のため利用されたのは、札幌医科大学医学部と伊達市噴火湾文化研究所が所蔵する115体のアイヌ遺骨です。遺骨の出土地は伊達市、浦河町、千歳市、寿都町、平取町、稚内市、斜里町、紋別市など北海道全域です。コタンの人々が本年5月、山梨大学と国立科学博物館に公開質問状を出し、<コタンの構成員たるアイヌの承諾をとる必要があったと考えられますが、両氏は承諾を得ることなくDNA検出を行いました。貴研究機関の研究倫理規定に悖(もと)る研究と言わざるを得ない>と指摘しています。

<参考文献>
平田剛士「日本人類学会会長らが『大学留置アイヌ遺骨』をDNA研究に“再利用”」『週刊金曜日』1201号(2018年)
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