2018年12月07日 1554号

【徴用工判決と安倍のウソ(下)/「徴用工ではない」と日本政府/歴史をねじ曲げる印象操作】

 「徴用工ではなく、朝鮮半島出身の労働者だ」。日鉄元徴用工裁判の韓国大法院判決(10/30)を受け、安倍政権が得意の印象操作を始めた。言葉の言い換えによって強制の印象を消し、「自分の意思で働いた人たち」ということにしたいのである。歴史をねじ曲げる卑劣な行為というほかない。

 11月1日の衆院予算委員会。元徴用工裁判について質問された安倍晋三首相は「政府としては『朝鮮半島出身の労働者の問題』と言っている」と発言。動員には「募集」「官あっせん」「徴用」の3形態があるとし、「今回の原告4人はいずれも募集に応じた人たちだ」と強調した。

 この首相答弁と足並みをそろえ、政府は戦時中に朝鮮半島から日本に動員された労働者の呼び方を「旧朝鮮半島出身労働者」に統一した。国民徴用令によって徴用された人も含め、呼称を一本化する。「強制の意味合いの強い言葉を避け、国内外の世論に必要以上に悪い印象を持たれるのを防ぐ」(11/9日経)狙いがあるのだという。

 安倍政権の「逆襲」に、ネトウヨ連中は鬼の首をとったかのようにはしゃいでいる。「ただの出稼ぎじゃないか」「カネ目当ての偽徴用工だったでござる」等々。こんなデマでも拡散していけば「ネット発の真実」になりかねない。ここはきちんと歴史的事実を指摘しておきたい。

「募集」も実は強制

 まず、「募集なので徴用工ではない」という政府の説明は間違っている。原告が動員された日本製鉄(現・新日鉄住金)には軍需会社徴用規則(1943年12月施行)が適用され、従業員は原則的に徴用扱いになっていたからだ。ちなみに、大法院判決には「1944年2月頃から訓練工たちを強制的に徴用し」との記述がある。

 次に、「募集=自発的な労働契約」ではない。「募集」にせよ「官あっせん」にせよ、実態としては行政当局の関与の下で強制的に行われた労働者集めであった。住友鉱業の内部資料「半島人移入雇傭に関する件」(1939年9月)によると、表向きは「各社の募集従業者による募集ということになって居」たが、実際には「朝鮮官憲によって各道各面(当時の行政単位)に於て強制供出する手筈になって居」たという。

 原告の1人、呂運澤(ヨウンテク)さんの場合、募集に応じたことは事実だが、きっかけは現役軍人による勧誘だった。つまり、徴用に匹敵する強制力があったとみてよい(古庄正編著『強制連行の企業責任』)。

条約違反の強制労働

 そもそも、本件の核心は被告企業の「反人道的な不法行為」によって生じた人権侵害の救済にある。判決によれば、原告が強いられた労働の実態は次のようなものだった。

 きわめて劣悪な環境で危険な作業に従事させられた。労働時間は日本人より長いのに、賃金は半分以下だった。その賃金も貯金などの名目で強制的に会社に吸い上げられ、支給された現金は小遣い銭程度だった。常時監視され、行動の自由がなかった。会社に反抗したり逃亡を企てたりする者には、むきだしの暴力がふるわれた…。

 ほとんど奴隷状態の酷使・搾取といってよい。強制労働禁止条約(日本批准1932年)に違反する事案であることは明らかだ。

 日本で働けば技術を習得できるという触れ込みだったが、実際には技術習得とは何の関係もない危険な仕事を不当に低い賃金でやらされた―。原告が語る徴用工の実態は、いま問題となっている外国人技能実習制度と重なる。日本政府や企業は昔も今も、“外国人”労働者を「安くて使い捨て可能な労働力」としかみていないということだ。

自主解決つぶした安倍

 強制労働被害者の救済をどのように行えばいいのか。戦後補償で日本とよく比較されるドイツの例をみていこう。

 ナチス政権下の強制労働被害をめぐっては、1990年代に入りドイツ企業を相手取った集団訴訟が続発した。当時のシュレーダー政権は人道的見地から被害者への補償を行うことを決め、そのための基金「記憶・責任・未来」を2000年に設立した。費用の約100億マルク(当時の為替レートで5538億円)は、ドイツ政府と強制労働に関わった企業約6500社が折半して拠出した。

 日本でも、中国人強制連行をめぐる裁判を契機に、企業が資金を出して被害者救済のための基金をつくった事例がある。鹿島や西松建設などがそうで、個人補償や記念碑の建立が行われた。三菱マテリアルでも同趣旨の基金設立に向け最終調整が進んでいるという(11/5東京新聞)。企業が人権侵害の事実と責任を認め、自発的に解決を目指す道があるのである。

 実は、ソウル高裁が2013年に元徴用工への損害賠償を命じた直後、新日鉄住金内部では和解も含めた解決策が議論されていた。これをつぶしたのは安倍政権である。「韓国側との安易な妥協に難色を示した菅義偉(すがよしひで)官房長官らの主導で、同社は敗訴が確定しても従わない方針にかじを切らざるを得なかった」(10/31京都新聞)のだ。こうした強硬姿勢は賠償命令の判決が大法院で確定して以降も変わらない。日本政府は同様の裁判を抱えている企業を対象に説明会を開き、賠償支払いや和解に応じないよう求める方針だという(11/1毎日)。

 日本のメディアは「約束を破る韓国は法治国家ではない」と非難する。では、植民地支配の責任を否定したいがために、民事訴訟に介入する安倍政権の姿勢はどうなのだ。それこそ法治国家の原則に外れているのである。 (M)



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