2019年03月08日 1566号

【非国民がやってきた!(301) 土人の時代(52)】

 松島泰勝『琉球 奪われた骨――遺骨に刻まれた植民地主義』は、遺骨返還問題を自己決定権の具体化として論じます。

 松島は琉球民族としての自己決定権の理論と実践を意識して、この議論を進めています。そこでは、日本民族(大和民族)と区別された琉球民族の位置づけが前提となります。

 「琉球人遺骨の返還において最大の障害になるのが、日琉同祖論である。琉球併合後、同化された琉球の『文化人』が、日本人研究者による琉球調査、遺骨盗掘の案内人をつとめた。現在も琉球人遺骨を『人骨』、つまり研究の対象として認識する琉球人が少なからず存在する。戦前、戦後において同化された琉球人は、日本の教育体制下で『日本国民、日本人』として教育を受けてきた。その結果、琉球人遺骨と自らとの歴史的、文化的関係を見失い、国際法で保障された遺骨返還の権利を放棄するようになったと考える。」

 「沖縄学の父」と言われる伊波普猷にしても、金関丈夫を百按司墓に案内した島袋源一郎にしても、大日本帝国の中の沖縄のエリートとして活躍した人々の中には、日琉同祖論の影が大きく射しています。歴史の一部を切り取って、沖縄の人々が「大和民族」であったことを論証しようとします。

 琉球王国が解体されて、沖縄県として日本に併合された状態で、日琉同祖論を否定し、琉球人に琉球王国の歴史を教えることは「反国家思想」と受け止められたでしょう。

 日琉同祖論は現在も強大な影響力を誇っています。2015年12月22日、豊見城市議会は「国連各委員会の『沖縄県民は日本の先住民族』という認識を改め、勧告の撤回を求める意見書」を可決し、内閣総理大臣、外務省、沖縄県知事に送付しました。

 意見書は「私たち沖縄県民は米軍統治下の時代でも常に日本人としての自覚を維持しており、祖国復帰を強く願い続け、1972年5月15日祖国復帰を果たした。そしてその後も他府県の国民と全く同じく日本人としての平和と幸福を享受し続けている」と述べます。

 松島は、琉球独立論の水脈や「反復帰論」の存在を指摘する一方で、琉球への米軍基地押し付け、特に辺野古問題を取り上げ、「他府県の国民と全く同じく日本人としての平和と幸福を享受し続けている」とは言えないと指摘します。

 意見書は「先住民の権利を主張することにより、全国から沖縄県民は日本人ではないマイノリティーとみなされ、逆に差別を呼び込むことになる」と主張します。

 松島は、日本には多くのマイノリティーが存在しているのに、「マイノリティーとみなされ、逆に差別を呼び込むことになる」という思考は、マイノリティーに対する差別意識を助長することにつながると指摘します。差別を許さないために先住民族の権利が不可欠だからです。

 また、松島は2001年の国連社会権規約委員会、08年及び14年の国連自由権規約委員会、10年、14年及び18年の国連人種差別撤廃委員会の勧告を紹介し、琉球に対する歴史的不正義、現代的差別政策と、これに抗して人権を求め、自己決定権を掲げてきた脱植民地化運動や、翁長雄志・前沖縄県知事の闘いを指摘します。松島は自己決定権を次のように位置づけます。

 「琉球人は、先住民族の権利として遺骨を返還することができる。国民の構成員である特定の民の政治的生命を、侵害するような支配と抑圧が存在する国において、支配・抑圧を受ける民は『先住民族』と自己認定して、自らの権利を行使することができる。」

 「先住民族として琉球人が骨に対面する時、それは『人骨』ではなく『遺骨』となり、供養という信仰の対象となる。またそれは琉球人のアイデンティティ形成にも大きな影響を与え、脱植民地化過程において政治的象徴としての意味と役割を有するようになった。」

 京都大学が遺骨を保管し、返還を拒んでいることは、単に「骨を保有している」だけではなく、琉球人の死者を支配していることを意味します。日本政府は辺野古問題にみられるように琉球人の生者を支配しています。基地を拒否する琉球人の意思を踏みにじり、押し付けることと、遺骨返還を拒否し、対話を拒否することはつながっています。

 これを松島は「生死を超えた植民地支配」と呼びます。日本植民地主義は生ける琉球人も死せる琉球人もすべて支配し、差別し、抑圧します。

 遺骨返還運動、琉球独立論、基地反対運動は、それぞれ区別される別個の課題ですが、日本による琉球支配に抗する琉球民族の自己決定権を求める闘いとしては同じ問題なのです。最後に松島は次のように「覚悟」を示します。

 「本書が『抵抗の学問』として位置づけられ、琉球の脱植民地化に貢献しうるかどうかは、その内容とともに、今後の私自身の研究と実践のあり方とも結びついている。」
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