2019年04月26日 1573号

【シネマ観客席/バイス 原題VICE/監督・脚本 アダム・マッケイ 2018年 米国 132分/イラク戦争の黒幕を笑って暴く】

 本作の主人公はディック・チェイニー。米国のブッシュ政権(息子の方)で副大統領を務めた実在の政治家である。タイトルのバイス(Vice)は職名などに付けて「副」や「代理」を表す接頭辞だが、名詞として使うと「悪徳」や「邪悪」の意味になる。イラク戦争を主導するなど世界に災厄を及ぼしたバイス・プレジデント(副大統領)にふさわしい題名だ。

 若き日のチェイニーは飲んだくれのダメ男だった。マクベス夫人を思わせる妻に尻を叩かれ、一念発起して政治の道へ。共和党最右派のラムズフェルド下院議員(後の国防長官)との出会いが運命を変えた。口が堅く用意周到な仕事ぶりを評価され、出世の階段を駆け上がっていく…。

 民主的規制を撤廃し、富裕層とグローバル資本本位の国家に米国を改造していった「保守革命」。その真っただ中にチェイニーはいた。アダム・マッケイ監督が語るように、『バイス』は現在の米国がいかにして形成されたかを描いた映画なのである。

 こう書くと「お堅い政治映画か」と思われるかもしれない。ご安心あれ。監督は米国の人気テレビ番組で政治風刺コントの脚本を担当してきただけあって、笑いを通して本質をえぐる手法はお手のもの。米国の政治状況に詳しくなくても、実在の政治家に扮した俳優たちの「なりきりぶり」を見るだけで笑える。

 個人的には、ブッシュ息子が憑依(ひょうい)したかのようなサム・ロックウェルの怪演がツボだった。彼にはいつか、ブッシュと同類の安倍晋三を演じてほしい。

 さて、ブッシュをうまく丸め込み大統領権限を手に入れたチェイニーは、9・11テロ事件を絶好のチャンスとみて、持論の一元的統治理論(ひらたく言うと、権力分立を否定し、大統領は何でもできるとする政治思想)を実行に移す。

 国内法や国際法を無視して強権体制を確立。対テロ戦争を推進し、9・11事件とは何の関係もないイラクへと侵攻した。そして戦争特需と石油利権の獲得により、グローバル資本に莫大な利益を提供したのである(資源開発企業ハリバートンの元最高経営責任者であるチェイニー自身も戦争で大儲けした)。

 劇中、釣りが趣味のチェイニーが疑似餌を使って魚を釣り上げるイメージカットが何度も挿入される。これは巧妙な嘘で人びとを騙し、本来なら支持されるはずがない政策を実現させていったことの暗喩である。悪法や富裕層減税の正体をネーミングで隠して通す手法を見せつけられると、もう笑ってはいられない。日本でも今、同じことが起きているからだ。

 昨年夏、DSA(アメリカ民主主義的社会主義者)のロサンゼルス支部に加入したマッケイ監督はこう語っている。「まず権力を疑うことが創作に携わる者の使命だ。監視を怠れば政府は暴走する」   (O)

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