2022年08月12・19日 1735号

【《けずる絵、ひっかく絵》展で見えた/生きづらい時代の絵画の可能性/山内若菜さん大いに語る】

 『牧場 放(はなつ)』『刻(とき)の川 揺(ゆれる)』『天空 昇(のぼる)』―福島・広島・長崎に題材をとった「命の三部作」が4月9日〜6月12日、神奈川県の平塚市美術館で催された《けずる絵、ひっかく絵》に出展され、深い感動を呼んだ。作者の山内若菜さんを藤沢市のアトリエに訪ね、縦横に語ってもらった。(7月27日、まとめは編集部)


詩のような感想も

 税金で運営されている公立の美術館で、福島の問題や核の問題を題材にしながら「命」をテーマに希望を見出したと言えた。傷ついた動物たちとブラック企業に酷使されるワーキングプアだった自分の労働環境が共鳴して描き始めたんだって言うと、みんな「おぉー」って共感してくれた。そんな流れでファンをつかめたような気がします。

 「水商売」の人が出勤前に立ち寄って「すげぇ」と言ってくれたり、個展だったらまず来ないような人たち、ふだんあまり絵は見ないという人たちもいて、客層がバラエティ豊か。しかも、家族連れが多い。若い人が大勢来て「同じ世代だからすごく分かる」って言ってくれたことも、うれしかった。一日一日が密で、三部作を描いてよかったって思う日々でした。

 絵の中のネコに興味を持った子が「ネコちゃん、ネコちゃん」って語りかけている。それを親が見守っている。そんな姿を見ただけで、ジーンと来るものがありました。絵を一つ一つ説明し始め、三部作の物語を作る子も。それを「そうなんだぁ」ってお父さんが聞いてあげている。父子で絵画鑑賞なんて今まであまり見たことがありません。

 「大衆の代弁者だ」「自分を虐げられる動物のように感じている人を希望へと導く」といった言葉も。私の絵は「時代の必需品」って言った人もいます。

 ギャラリートークでは、最初は話しかけず、そーっと見ていると、自分の世界に入ってる人がいる。そこで「この絵、お好きなんですね」と他人のふりして聞く。すると「神話のよう」とか「宇宙」「魂」とか「瑠璃色の中に吸い込まれそうだ」とか、詩のような感想をもらえたりします。

 私の経験や核に反対する思い、亀裂や傷ついたものから生まれる何か、それが希望と語ると、「そうだったのか」「はっとした」と言ってくださる。「ありがとう」って言ってぼろぼろと泣いてくださる方も。そんなやり取りほどうれしいことはありません。

他者からの気づき

 ワークショップでは、下地は私が作り、シートに並べます。それが希望の光の窓みたいになっていて、そこに好きな動物を描いてもらう。資料はアニメーションなどは排除し、自分が本当に見たものを思い出そうと誘導します。みんなちっちゃく描くから、体を使ってどーんとはみ出すように描こう、とアドバイス。下書きは木炭ですが、本番は筆、それもなるべく太い筆を使います。

 その後、紙粘土を渡し、凸凹を作ったりモコモコさせたり。3万8千年前から人は絵を描いてきた、人間は絵を描く動物なんだよ、といった話をして、洞窟壁画を描く気持ちになってもらう。色はカラメル色素で付けますが、線のよさを壊さないようにします。

 たっぷり2時間かけて作ると、なかなか面白いものができるんです。その子自身の独特なものが一人一人違っていて、びっくりします。品評会では、自分のやりたいことを発見したり、人の作品を見てまた変わったり。他者を認めることにもなるし、他者からの気づきもある。「私、絵描きになるぅ」って言う子もいます。全部詰め込みの世界から、自分で自分を表現する場へ。インプットだけでなくアウトプットへ。そんな可能性が広がるんですね。

 原爆文学研究者の川口隆行さんがアレンジし、広島大学の学生たちともワークショップ。テーマは「被爆した動物」です。学生はみんな原爆のことを深く学んでいて、私が作った下地、そこが光なんですが、そこに被爆し傷ついた動物を描いたとき、それが希望だと分かってくれました。

 自分は何者かと考えている人の絵はすごい。絵って自分自身を全部赤裸々に表してしまう。言葉でごまかせるものじゃない。絵は自分のすべて。だから、自分の学びがもろに出る。それを改めて教えられました。

 ちっちゃい子が描いた絵でも、それが語ること、見た人が感じるものは豊かに広がる。動物たちが駆け抜け、動きがあり夢があり、古代から人が絵を描いてきた様子も浮かぶ。人間が動物になることさえできる。命が共鳴することも実現してしまえる。

 人間を独裁者として描くんじゃなく、逃げまどう動物として描く。それを見た人が何かを感じる。それがいろんな人を巻き込んで、うねりが出るんですね。

 弱き者もほんとは強い。動物たちを痛めつけている人間の罪深さがあります。だからこそ動物に見つめられる。命の三部作も動物たちの怒りの乱舞、怒りの飛翔といえます。みんな何か「うぉー」って言ってる。

「チーム若菜」にぜひ

 ウクライナ戦争に反対して「нет войне(ニェートヴァイニェー)=戦争にノー」のポスターを作りました。絵を描くことと平和運動や社会活動に関わることは、私の中で一体です。そういう活動がなければ美術も廃(すた)れていくし、権力側のいいように持って行かれてしまいます。

 昨年末、藤沢の片瀬山に楽天モバイル社が無線基地局の建設を計画していることが分かり、住民が会をつくって短期間で中止させました。私が片瀬山の美しい自然を絵に描き、それを看板にして掲げたことで企業側がビビッたんです。その場所にカフェ&ギャラリー「Espoir(エスポワール)=希望」がオープンし、私の絵が常設展示されることに。絵はそんな役割も果たせるんですね。

 「NO国葬」のネコのポスターを作りました。活用してください。また、私の制作活動を支えてくれている「チーム若菜」にもご参加を。申し込みは kamiyamune1@gmail.com まで。山内若菜公式ホームページも開設したので、ぜひお訪ねください。



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