2022年12月09日 1751号

【読書室/歴史の屑拾い/藤原辰史著 講談社 1400円(税込1540円)/断片の生を歴史に刻み込む】

 権力者たちは、自分に不都合なことがらを、「歴史」という入り組んだ街で、扱いかねて捨ててしまう。歴史と言う街角に捨てられ、埋もれている屑(くず)を拾い集める「屑拾い」が歴史学者だ。「屑」とは、人々の日記、手紙、文献などから見えてくる歴史の事実。「屑」=断片を拾い集め、歴史の中に刻み込むことで、歴史をより確かに、豊かに語ることができる―。20世紀の食と農、戦争やナチズムを研究してきた歴史学者である著者は、このエッセイでそう述べる。

 第一次世界大戦中に猛威を振るった「スパニッシュインフルエンザ(スペイン風邪)」流行時の人々の日記から、死の恐怖と不安に生きる人々の生の声がよみがえる。著者は「思想ワクチン」と題する東京朝日新聞の記事を発見した。「危険思想」も伝染病と同じで「予防」すべきと訴えたものだ。社会不安が権力批判に向かないように監視を強める施策は、今日でも同じではないかと感じる。

 著者は、かつて国内の貧農が国策で満州移民とされ、多くの犠牲者を出したことを学んだ。しかし、それは「日本人の記録」である。

 そもそも、移民団の土地は満州の農民から取り上げた農地であった。そもそも、農地には、日本の植民地支配で土地を奪われ、満州移民となった朝鮮人が開拓した農地もあった。その結果、満州の朝鮮人の抗日闘争は活発になり、リーダーの一人が現在の朝鮮労働党総書記の祖父、金日成(キムイルソン)であった。こうした「そもそもの歴史」が今の日本で語られにくいと著者は感じている。

 自国に不都合な事実でも歴史学者は向き合うべきだと、著者は自らに言い聞かせている。 (N)
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