2005年01月28日発行871号

【拉致問題解決遠ざける経済制裁 朝鮮民衆苦しめる戦争挑発】

 2003年12月28日、政府の日朝国交正常化交渉閣僚会議の専門幹事会は、朝鮮民主主義人民共和国(以下、朝鮮)への食糧援助などの人道支援は当面行なわないという方針を決めた。これは、11月の日朝実務者協議で朝鮮が示した拉致被害者10人に関する遺骨や関連資料が偽物であったとしての"報復"措置だ。拉致犠牲者家族の発言やマスコミのキャンペーンの中で、国民の間でも経済制裁すべしとの声が強まっている。だが、この経済制裁は貧困にあえぐ朝鮮民衆をいっそう苦しめる戦争挑発政策であり、拉致問題の解決を遠ざけてしまう。不正常な関係の中で起こった拉致問題は、国交正常化の中で解決するしかない。

経済制裁叫ぶ戦争勢力

 朝鮮に対する経済制裁を声高に叫んできたのは、戦争勢力だ。

 「北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会」(通称「救う会」)の会長である佐藤勝巳は、「向こうは制裁を宣戦布告とみなし、ミサイルを打ち込むことに必ずなる。…戦争を恐れてはならない」(03年2/19朝日)と述べるような人物だ。

 安倍晋三自民党幹事長代理も早くから経済制裁を主張してきた代表格だが、12月2日の段階で「経済制裁をかける段階に至っている」として交渉の打ち切りを求めている。また超党派の国会議員でつくる拉致議員連盟は12月9日、緊急総会を開いて経済制裁の発動などを求める決議を採択した。同決議は金正日(キム・ジョンイル)政権の打倒や日朝協議の打ち切りを盛り込み、朝鮮と敵対関係に入ることを要求している。

 戦争勢力にとって経済制裁は、交渉打ち切りとセットであり、戦争をも辞さないという挑発と戦争国家づくりの一環として主張されている。

 人権侵害や国家犯罪に対して謝罪や責任者の処罰を要求するのは当然だ。だがそれはあくまで平和的外交交渉の中で行なうべきものだ。

 経済制裁の発動は、ようやく正常化に向けて動き出した日朝関係を後戻りさせるだけでなく、拉致問題の解決をむしろ遠ざけるものと言わねばならない。

対立深まり解決遠のく

 人道支援の凍結・送金禁止・貿易の制限・船舶の入港禁止などが想定される経済制裁については、「日本は朝鮮にとって中国・韓国に次ぐ第3位の貿易相手国であり効果がある」という説がある一方、「一国だけの経済制裁では効果がない」との説もある。しかし問題にすべきは、経済制裁がどういう結果をもたらすのかということだ。

制裁は社会的弱者を直撃

 イラク国際戦犯民衆法廷の東京公判で証言したデニス・ハリデーさん(元国連人道調査官)は、「イラクへの経済制裁はジェノサイドにあたる」と訴えた。国連は2001年、自らがイラクに科した経済制裁によって約150万人のイラク人が死亡したというレポートを提出した。人口2500万人の実に6%である。しかも、その多く(約62万人)が5歳未満の子どもだ。経済制裁は社会的弱者を困窮させ死に追いやっただけで、フセイン政権を弱体化する効果はなかった。

 いま朝鮮に対して全面的に経済制裁を実施すれば、同じことが起きる可能性が高い。そのしわ寄せは、中央よりは地方を、支配層や軍よりは一般市民、とくに貧困層を直撃する。多くの死者が出るだろうが、そのことで金正日政権が弱体化したり崩壊したりするわけではない。

 経済制裁がもたらす一般市民の犠牲が余りにも大きいがゆえに、国連スタッフや加盟国の間でも、経済制裁という強制手段について見直すべきという意見が強まっている。

 

国際的にも支持はなし

 そして肝心なのは、経済制裁によっては拉致問題は解決しないということだ。朝鮮中央通信は、経済制裁について「わが国に対し宣戦布告したとみなし、強い物理的な反撃を行なう」と述べた。金正日政権が経済制裁で譲歩する可能性は少ない。逆に態度を硬化させる確率の方がずっと高い。朝鮮半島をめぐる6者協議への日本の参加を拒否し、5者協議を主張することなどは十分に考えられる。

 いったん制裁を発動すれば、解除するにも大義名分が必要になる。また経済制裁しても「効果」が出ない場合、さらに強硬な手段に訴えるべきだという論調が強まり、相互の対立はいっそう深まっていく。そうなっては、拉致問題の解決はますます遠のいてしまう。

 拉致家族の石岡章さんが「気軽に『報復』を言う人もいるが無責任で、それを口にすれば、生きている者も殺されてしまう可能性がある」(12/25毎日)と語るように、かえって生存者の身を危険にさらすこともありうる。

 国際的にも経済制裁を支持する声は少ない。中国・韓国が経済制裁に反対し、米国も6者協議の枠組みを重視して日本に慎重な対応を求めている。日本だけが北東アジアの安全保障協議の枠組みの外に置かれてしまうことにもなりかねない。

国交正常化の中で解決

 だが国会では、与党から野党までが経済制裁発動で足並みを揃えた。極めて危険な事態と言わねばならない。

 参院拉致問題特別委員会は12月14日、政府に朝鮮への経済制裁発動を検討するよう求める決議案を全会一致で決議した。決議前文に「粘り強く協議を進めるとともに」との文言を挿入することで、共産党も社民党も賛成に回った。

 これは「経済制裁すべし」が多数を占めた世論調査におもねった結果だ。すでに冷静に経済制裁の是非を論じられなくなっている空気に拍車をかけ、進行する戦争国家づくりを後押しするものだ。 

 そもそも日本人拉致という国家犯罪は、植民地支配の未清算・朝鮮戦争の"休戦"(朝鮮戦争は公式には終わっていない)という不正常な関係が継続する中で起こったものだ。

 だが今、かつては反共軍事独裁政権として朝鮮の敵であった韓国が民衆の手で民主化され、その流れで誕生した金大中(キム・デジュン)政権と盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権が"太陽政策"をとる中で、朝鮮の姿勢にも変化が生じている。国際的孤立と経済の行き詰まりに悩む金正日政権は、市場経済を取り入れ国際交流を活発化させる道を選択しつつある。

 これまで否定してきた拉致を公式に認め謝罪したことも、その流れで決断されたものといえる。小泉首相の思惑はどうあれ、2002年9月の訪朝時に交わされた日朝ピョンヤン宣言は日朝両国の関係改善の道筋を示すものだ。拉致事件の全貌はいまだ闇の中であり安否情報も疑問だらけだが、蓮池さんら3家族の帰国も、国交正常化に向けた交渉の中で実現できたものだ。交渉そのものを決裂させては、何も前進しない。

 不正常な関係の中で起こった拉致問題は、国交正常化の中でこそ解決される。

 

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