7月冒頭。一連のG8抗議行動は、激動する歴史の渦中にあった。スコットランドで過去最大デモ、ファズレーン海軍基地やダンガーベル難民収容所の一時閉鎖、G8開催地直近のデモ。一方で、反貧困の全世界コンサート、ロンドン・オリンピック開催の決定、そしてロンドン爆破事件…。揺れ動く英国から報告する。
7月1日。ロンドン中心のユーストン駅前には数百名の群集がいた。多くは若い。皆アタックザック等を背負っている。G8抗議行動に参加するためスコットランド行きのチャーター列車を待っている人々だ。
列車を丸ごと手配したのはグローバライズ・レジスタンス(抵抗運動を世界化しよう)という団体。10両編成の電車に約600人が乗りこんだ。道中は、車両ごとの小集会あり、諸団体の新聞売りあり、トランプや英国独特の遊びありだった。
G8こそ貧困の元凶
米総領事館へ向かおうとするデモ隊と阻止する警官隊
|
|
2日土曜。白い服装の人々が次々とエジンバラ中央のメドウズ(公園)にやってくる。主催者名兼メインスローガンは「MPH(Make Poverty History,貧困をなくそう)」だ。対G8の要求にしては、少し物足りないだろうか? 「貧困」の部分を入れ代え、戦争をなくせ、資本主義を終わりにしよう等、各団体は色んなバリエーションのプラカードを持ちこんでいた。
ストップ戦争連合のクリス・ナイナム運営委員はこう語る。「ブレア首相とブラウン蔵相は、アフリカの救世主として自己を押し出し、MPHを取り込もうとしている。実際、MPH指導陣は『ブッシュ批判をするな』と言い始めた。G8に賛成しお願いする立場、施しを乞う立場、せいぜい説得しようという立場だ。一方で、大多数の参加者はいまだに戦争反対。だからキーワードは戦争だ。対立的に問題を立てる必要はない。貧困と戦争の問題は2つで1つの問題だと訴えていこう」
MPHは賛同者に白いリストバンドをつけるよう呼びかけている。この日のデモでは白い衣服を身に着けた人々が、エジンバラ中心部に巨大な環状のデモを繰り広げ、白い人間の輪を作り出した。デモ隊は2時間かけて出発点=終着点のメドウズに到着。するとそこには、出発前とそっくりの状態で、いや実際に出発を待って並んでいる人々が列をなしていた。ヒューマンチェーンを作ってあり余る25万人の大結集だった。
「ミニ社会フォーラム」
3日、「G8オルタナティブズ」連合の50以上のワークショップでは、みな口々に前日のデモの成功を熱く語った。ワークショップそれ自身も、まるでミニ世界社会フォーラムのような国際色豊かで熱気にあふれたものとなった。
中でも、スコットランド社会党(SSP)とリスペクト党が手を組んだ集会は、この間躍進を果たしている欧州左翼の代表たちを一堂に集め互いの健闘を讃え合う非常に有意義なものとなった。
昨年の欧州選で5人の欧州議員を勝ち取ったイタリアの共産主義再建党からはゲンナロ・ミグリオーレが。2月のポルトガル国会選挙で一挙に8名もの議員を獲得した左翼ブロックからはアナ・ドラゴ議員が。そして5月EU憲法国民投票でみごとNONをつきつけたフランスからは、その運動の先頭に立った革命的共産主義者同盟のフランソワ・デュヴァルが参加し、発言した。
反戦グループの先頭にたつ小中学生。Tシャツには「戦争ではなく貧困と闘おう」とのSWCのよびかけが
|
|
2月のSSP組織内選挙で議長に当選したコリン・フォックスは、「昨日は25万人がデモをしたが、その9割はデモ初体験者だった。とても危険な状況だ。G8にとってね(笑いと拍手)。携帯電話等、科学技術はこれまでにないくらい進歩しているというのに貧困の問題はなくならない。むしろひどくなっている。これが資本主義だ。貧困との闘いは慈善事業なんかじゃない。G8を終わらせることで貧困を終わらせよう」と訴えた。
圧巻は5月総選挙で再当選を果たしたリスペクト連合のジョージ・ギャロウェイ議員だ。「貧困はなぜ起きるのか? 必然なのか? 違う。偶然なのか? 違う。貧困世界が貧困なのは、富裕世界が富裕だからだ。富裕な国々は、自らが富裕であり続けるために貧困をおしつけている。G8には貧困問題を解決できない。なぜならG8こそが世界の貧困の元凶だからだ」「今決定的なことは、誰も民衆の声を聞く党派がいないということだ。この政治的な空白を埋めるのはリスペクトしかない。支配政党を震撼させるだけでなく引きずり降ろしたいと思うのなら、リスペクトへ入ろう!」 頻繁に歓声と拍手と笑い声があがる。本当に勝利感あふれる集会だった。
デモ隊前に基地閉鎖
4日と5日は原子力潜水艦のファズレーン基地、ダンガーブル難民収容所への抗議行動が実施された。英海軍はデモ隊が到着する前に自ら基地を閉鎖してしまった。フォックスSSP議長は「これこそまさに抗議隊が望んでいたことだ。初めて我々は基地を閉鎖に追い込むことに成功した」と語った。ダンガーベルでの対応も同様で、すべての収容者があらかじめ別施設に移され、建物は鉄製フェンスで囲まれ閉鎖されていた。コンゴ共和国から来たルンガ・ルコンボは「難民歓迎運動に感謝したい。この施設は牢獄だ。この国は民主主義なんかじゃない」「アフリカは貧しくなどない。豊かだ。G8が奪っているのだ」と訴えた。
そして迎えた6日。人々は各地からG8開催地グリニーグルズへと向かった。いや正確にはその隣村のオホテラーダを目指した。直前になって行動参加を決めたというハリー・デア氏(46歳男性・不動産業)は「無政府主義者による暴力行為、というメディアの大宣伝にもかかわらず、村民の人が手を振って迎えてくれたのはビックリした。警備は厳しかったが、ホテルの間近まで迫ってイラク占領反対の声を上げることができたのはとても良かった」と語った。
爆破事件で追悼式
7日朝、すべての行程を終え帰りの電車に乗ろうした時、ロンドン同時爆破事件のことを聞いた。内1件は到着予定のユーストン駅すぐ近くだという。大幅に運行が遅れた列車の中では、今回のG8抗議行動、爆破事件、そして今後の方針について大きな論議になった。「ラッシュアワー時のバスと電車が狙われた。労働者を味方と思ってない」「国会と違って誰でも交通網を使うから防ぎようがない」「イラクでは毎日のように爆破事件が起きている。自分たちの安全だけ要求するのはどうか」「労働者を標的とするのはやはり間違いだ」「軍撤退こそが最大の解決方法だ」「ムスリム民衆や運動への弾圧はさらに厳しくなるだろう。人権を守る闘いが重要だ」
ストップ戦争連合はすぐに追悼式を呼びかけた。共同行動の中で信頼と勝利の展望を生み出す、それがイギリス流と言えるだろうか。現在は秋の反戦大デモを準備中だ。