7月末、平和と民主主義をめざす全国交歓会(全交)第35回大会に参加したイラク・バスラ大学学生活動委員会のジクラ・ファイサルさん(24)に、学生運動の状況を聞いた。
(7月30日。まとめは編集部)
ジクラ・ファイサルさん バスラ大学学生活動委員会の中心メンバーとして、学生の自由・権利の拡大のために活動している。宗教勢力による大学生虐殺事件に対し、デモ・ストライキで闘いを組織した。
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学生活動委の結成
Qイラク戦争の前後で、大 学は変わりましたか。
戦争や占領で学校施設は破壊されてしまいました。バスラ大学の学生数は約1万人ぐらいですが、家族が仕事を失ったり、治安の悪化で女子学生が通えなくなったりしているため、実際の学生数は減っています。戦争前はバスラの近郊都市からも多くの学生が来ていましたが、今では交通手段も確保できず、通えなくなった学生も多くいます。
学生の政治活動や表現の自由については、戦争前も制限されていた点では変わりはありません。でも戦後はそれに加えて自由に出歩くことさえできなくなりました。ピクニックやレクレーションにすら行けなくなってしまったのです。宗教勢力が伸張するにつれ行動に制限がかかるようになったことが大きな理由です。
Q学生自治会のような組織 はありましたか。
バスラ大学には、学生自治会を名のる組織はありますが、それは現在のかいらい政権がつくらせたものです。誰も、学生を代表するものとは認めていません。他にもいくつかの学生組織があるのですが、保守的なものがほとんどで、学生の権利や自由を守るという意味での学生自治会はないといっていいでしょう。
学生自身が認め、承認したものでなければ、自治会とはいえません。現在の政権が認めているからと言って、正当性があるわけではありません。
わたしたちは、何人かの学生が集まって、学生生活の自由や学生の権利拡大のために何かできないかと相談して、2004年12月25日に学生活動委員会(SWC)を正式に発足させました。
宗教勢力による殺人に抗議するデモ(3月17日・バスラ)
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中心的なメンバーは8人程で、女性はわたし一人です。わたしはとても人気者だったので、仲間の中にSWCの活動を広めることができましたし、実際多くの仲間が集まってきています。
そんな時、3月15日の事件が起こったのです。工学部の男女学生が公園にピクニックへ行ったとき、宗教勢力に襲われ、男子学生が一人撃ち殺されてしまいました。
抗議デモの成功
Qどのように闘ったのです か。
SWCのメンバーは事件当日、すぐに集まって議論しました。暴力に暴力で対抗するのではなく、あくまでも要求の正しさ、進んだ要求内容で支持を獲得し、抗議デモを成功させようと決めました。ペンさえも大学に置いて街頭に出ることにしたのです。
しかし、学生にどれほどの怒りがあるのか、どれだけの学生がデモに参加するのか、実際のところ不安でした。
ところが翌日、キャンパスに行くと友人がやってきて「何かしなくっちゃ」と言いました。デモの計画を話すと、すぐにやろうと同意してくれました。直ちに糾弾声明を発表し、デモを呼びかけるビラを配り、学内のいたるところにポスターを貼りました。
バスラ大学はアルズベイルとガルマ地区にキャンパスがあります。わたしは友人のサファとアルズベイルで、SWCの中心メンバーのシェハーブ・アハメッドがガルマ地区を受け持ち、組織しました。
事件から2日後、行政当局への要請書を持って整然とデモを行いました。数千人にもなったと思います。庁舎前に着いたとき、治安部隊や宗教勢力が妨害行動に出ました。催涙弾まで撃たれました。殴られて一時的に目が見えなくなった友人も出ました。いったん、近くの川岸まで避難したのですが、学生たちは要請行動を続けました。
そこに、市内の高校生や一般市民が応援に駆けつけてくれたのです。私たちの大衆的な抗議行動は大きな注目を集めました。結局、罪を犯した宗教勢力に、ラジオや新聞で公式に謝罪させることができました。奪われたカメラや携帯電話なども取り戻すことができました。
学生の怒りを結集
宗教勢力による嫌がらせや脅迫などは、何度も繰り返されてきました。バグダッドのムスタンスリア大学では、6人ぐらいが殺されたこともあります。わたし自身、大学ではベールをかぶらざるを得ません。宗教勢力から嫌がらせを受けるからです。
3月15日の事件はバスラ大学では初めての殺人事件でしたが、それまでに何とかしなければという気運も高まっていたので、学生の怒りが爆発したわけです。
Q他の大学でも学生の闘い はありますか。
学生活動委員会はバスラ大学の2つのキャンパスにできているし、市内の高校や専門学校にもできています。バスラ以外でもバグダッドやナシリア、キルクーク、スレイマニアなどの大学に広がっています。
9月に新学期が始まって学生がキャンパスに戻ってから、”進歩的・近代的学生生活のために”をスローガンにして学生の全国組織を作る準備を進めるつもりです。しかし大会を開くには、輸送手段や宿泊場所、食事などの受け入れ準備が必要で、資金的な問題も解決しなければなりません。
シェハーブはデモの翌日にイラク自由会議(IFC)の設立大会に加わっていますし、SWCもIFCの構成団体として活動しています。
Q日本の学生にメッセージ を
今のイラクは、治安の悪化がとても大きな問題ですが、気にしていては生活も結婚もできません。わたしは近々結婚する予定ですが、フィアンセも活動家です。サダム政権下で、政治犯として終身刑まで受けました。7年間投獄され解放された経験があります。
わたしも、ギャング団がわがもの顔で街や大学を歩き始めたことに危機感を感じ、何かしなければと思っていました。父は南部石油会社の労働者で、FWCUI(イラク労働者評議会労働組合連合)の活動家として労働者の権利を守る闘いを続けていました。ですから、わたしが活動をするのはごく自然なことでした。
結婚を機にバスラからバグダッドへ移ります。バグダッド大学にも学生活動委員会はできているのですが、余り活発とは言えません。わたしが行って頑張ろうと思っています。
日本の学生の皆さんに、ぜひ私たちへの支援をお願いします。できるだけ早く全国組織を設立し、学生の自由や権利が守れるようにするため、私たちと同じ立場に立って、支援をしてほしい。
‐ありがとうございました。