イージス艦「あたご」がマグロはえ縄漁船「清徳丸」に衝突し沈没させてから3週間余りの時間が過ぎた。にもかかわらず、事故原因の徹底した究明はまったく進んでいない。それどころか、当直士官の個人責任へ問題を帰着させようとする海上保安庁、自衛隊に対する文民統制(シビリアンコントロール)一般の問題にすり替えていくマスコミなど、事件の幕引きを図る動きが前面に出てきている。
責任追及は当直士官だけ
3月8日付けの報道によれば、事件を捜査してきた第三管区海上保安本部は、衝突当時に当直士官を務めていた3等海佐(水雷長)を業務上過失往来危険容疑で横浜地検に書類送検する方針を固めた。
イージス艦「あたご」は、衝突時刻(2月19日午前4時7分)に先立つ午前4時前に見張り要員の目視や水上レーダーで被害船を含む漁船群を認識できたが、自動操舵で直進を続けた。海上衝突予防法で定める回避義務は「あたご」側にあった。水雷長は当直士官として艦長に代わる最高責任者であり、目視、レーダーで衝突の危険性を察知でき、衝突1分前より早い段階で回避措置をとることが可能であったにもかかわらずそれを行わなかった、というのである。
「業務上過失」というのは、通常の注意を怠らなければ予見できることを見落とす場合をいう。今回の事件は、当直士官ひとりがよそ見をしたというようなものではない。あたごの艦橋に10人以上の人員がいて衝突12分前から漁船群を確認していた。誰でも衝突の危険性を予見できるにもかかわらず自動操縦を続けた=避ける意思を示さなかった。これは重大事故につながることが誰でもわかる飲酒運転をするというような「重過失」に相当するものだ。むしろ直進することで衝突の脅威を相手に察知させ漁船側に回避させようとした「故意」があったという方が事態を合理的に説明できる。これは「重過失」以上の責任が問われる事態だ。
これを隠蔽するために、防衛省と「あたご」の間をヘリコプターが飛び交い、「事情聴取」という口実の「口裏合わせ」「事実隠蔽」のシナリオが実行された。
不都合な事実の隠蔽工作
事故後に防衛省がとった対応は、事故の責任をのがれるために、すぐに底の割れるようなウソにでも飛びついて平気でそれを垂れ流し、それがばれるとまたウソで上塗りするというものだった(別表一覧3/14週刊朝日参照)。
漁船を発見したのが「衝突の2分前」(19日)というのは、衝突回避措置は不可能だったと言いわけするため。翌20日には見張り要員の証言から「衝突の12分前」であった事実を隠せなくなって公表。今度は衝突回避のための十分な時間があったことになり、何もしなかった責任が問われるとなると、「2分より以前」と再び言い換える始末だ。だが、衝突1分前に手動操舵と全速後進(バックギア)に切り替えたと主張しても、海上衝突防止法が定める警告汽笛を一度も鳴らすことがなかったなどの法違反の事実は残っている。
「あたご」に衝突回避義務があったことを否定し、義務は「清徳丸」の方にあったとすりかえるために、見張り要員は漁船灯火の赤色灯(あたごより右に漁船がいたことを示す)を見なかったように発表したが、このウソもばれた。
要するに「あたご」の責任が明白にならないような「事故状況」のねつ造に血道をあげたのである。その口裏合わせのために、捜査権限を持つ海上保安庁に無断で、「あたご」の航海長をヘリコプターで防衛省に呼び寄せた。また、護衛艦隊幕僚長も乗組員からの事情聴取としてヘリコプターであたごに乗りつけた。これも海上保安庁には何の連絡もせずに行ったものだ。
この「あたご」と防衛省との間を飛行したヘリ2機は、「清徳丸」の2名の行方不明乗組員の捜索に使われていた4機のうちの2機だ。事故海域で捜索活動中のヘリに活動を中断させて航海長と幕僚長を運ばせた。人命救助など二の次が本音なのだ。
背景に深刻な焦りの存在
防衛省・海自が演じた「事実隠蔽」のドタバタ騒動は、今回の事故の真相があきらかになることによる国民の批判拡大への恐れと危機感の深さを示している。
第1は、自衛隊の海外派兵路線にブレーキがかけられることへの恐れだ。06年12月、防衛庁を防衛省に昇格させ、いわば「2流官庁(日陰者)からの脱皮」をはかるとともに、海外派兵を自衛隊の本来任務に位置付けるところまでようやく到達した。ところがその矢先に、守屋スキャンダルが噴出。かつてなく広がった国民の防衛省・自衛隊不信にさらに追い打ちをかけたものが今回の事故だった。
日本政府は、91年の機雷掃海艇のペルシャ湾派遣以来、PKO(国連平和維持活動)協力法(92年)によるカンボジアなどの紛争地への派兵、テロ対策特措法(01年)によるインド洋での兵たん活動、イラク復興支援法(03年)による戦闘地域での占領参加など、憲法と反対世論を踏みにじって既成事実を積み上げてきた。そのことによって得た海外派兵部隊としての自衛隊の存在の「定着」「市民権」が崩れかねないという危機感があるのである。
第2は、事故を起こしたのが海外派兵やMD(ミサイル防衛)システムの主軸となる最新鋭イージス艦であったことの重大さだ。
事故直後に焦点になったひとつに、最新鋭のレーダーシステムを持つイージス艦がなぜ漁船との衝突を回避できなかったのか、ということがあった。1隻1453億円という巨額を投入した兵器の「存在意義」を疑わせる契機をつくり出した。
またイージス艦は、政府が朝鮮民主主義人民共和国の「弾道ミサイル」の脅威を煽る中、その「弾道ミサイル」を打ち落とす重要な役割で「日本の安全を守る」と宣伝してきたものだ。そのイージス艦が肝心の国民の命と安全をまったく軽視・無視する姿をさらけ出してしまった。昨年12月、ハワイ沖で弾道ミサイル撃墜実験に「成功」したというイージス艦「こんごう」の政治的宣伝をも台無しにしたのである。
マスコミは真相究明放棄
政府・防衛省やグローバル資本は、今回の事故が自衛隊の海外派兵路線や派兵専用兵器調達への批判に向かわないように問題の焦点をすり替えようとしている。
今回の事故を巡る政府の対応について、毎日世論調査(3/1・2)では「評価しない」41%、「あまり評価しない」33%で計74%が批判的にとらえている。NHK調査(3/10)でも「まったく評価しない」23%、「あまり評価しない」42%だった。圧倒的な国民が厳しい批判を突きつけている。
「こんなイージス艦が本当に必要なのか?」というのが誰もが感じる率直な実感であるにもかかわらず、マスコミはその点には決して切り込まない。防衛省内の「混乱」を取り上げて「シビリアンコントロール(文民統制)は大丈夫か?」という論調を張り、問題すり替えを行っている。
しかし、福田内閣の不支持率が50%を超えたように、事故とその対応に対する国民の怒りは広がっている。問題すり替えによる幕引きを許さず、真相の徹底究明、石破防衛相、福田首相を含む責任者の追及、そしてイージス艦の即時廃艦を求めよう。