2008年06月27日発行 1040号

【派遣労働の自由化が貧困生んだ 労働者派遣法の根本的見直しを】


 派遣大手グッドウィルなどによる二重派遣問題を機に、日雇い派遣禁止の気運が盛り上がっている。しかし、日雇い 派遣だけが問題なのではない。正規労働者の代替として雇用される派遣労働そのものが、低賃金労働の温床となり、ワーキング・プアを生み出している。

日雇い派遣だけが問題か?

 日雇い派遣問題をきっかけに野党各党はそれぞれ労働者派遣法の改正案をまとめたが、日雇い派遣の禁止以外では一致できなかった。民主党内には派遣労働容 認論があり、民主党が「2か月以下の派遣契約禁止」以上には踏み込めなかったからだ。

 一方、グッドウィル(資格停止中)、フルキャストなどの最大手を含む派遣会社約790社が加盟する日本人材派遣協会は、5月28日に開いた定時総会で製 造業などでの日雇い派遣を自粛し、「可能な限り長期の契約を確保する」との自主ルールを決めた。

 政府・厚生労働省も改正案を検討中とされるが、人材派遣協会は「全面禁止は反対」を譲っておらず、「日雇い派遣の原則禁止」が明記されるかどうかも確定 していない。

 だが、問題なのは決して日雇い派遣だけではない。

 秋葉原事件の背景にも

 6月8日に東京の秋葉原で起こった無差別殺傷事件の背景にも派遣労働の問題がある。

 加害者は関東自動車工業(トヨタの関連会社)に派遣されていた。日雇い派遣ではなく、契約は来年3月末まで。しかし、関東自動車工業側によれば「(派遣 元の)日研総業との契約期間は原則1年だが、1か月前に申し入れれば期間短縮できる」(6/12東京新聞)と、派遣先の都合でいつでも首を切ることができ るようになっていた。

 生産台数減で200人の派遣労働者のうち150人の契約を解除すると会社は発表。しかも労働者の間では、「派遣契約をすべて解除し、期間労働者と合わせ 300人をカット」(同前)という噂が流れていた。このことから、製造現場では、期間工という従来の最底辺層のさらに下に派遣労働者が置かれているのがわ かる。加害者は派遣元が用意したマンションに住んでいたが、関東自動車工業への派遣が終わればそこも出ていかなくてはならない。

 加害者が犯行直前に書き込んだ携帯サイトには、「大規模なリストラだし当り前か」「あ、住所不定無職になったのか」「負けっぱなしの人生」などの書き込 みがあった。そこには、これからの生活への不安と自らの人生への絶望が読み取れる。

 もちろん派遣労働者の誰もが無差別殺傷に走るわけではないし、加害者の行為は決して許されないが、こうした絶望的な気持ちになる若者が日々生み出される 社会を変えていかなければならない。

「直接雇用が原則」を明確に

 派遣労働そのものを検討す際に大事なのは、それをあくまで例外的なものとし、原則禁止であった当初の基本に立ち返ることだ。

 企業の要求に応え解禁

 もともと雇用主と就労先が違う「間接雇用」である労働者派遣は、「労働者供給事業」として職業安定法44条で禁止されていた。1986年に、専門性が確 立され特別な雇用管理が必要な通訳など26業務に限り、例外として認められた。

 ところが、日本のグローバル企業は、国際競争に勝ち抜くためにリストラを進める手段として派遣労働の解禁を求め、それに応えて政府は規制緩和で当初の原 則を次々とゆがめていった。

 1999年には対象業務はモノの製造・建設・港湾運送・警備・医療を除いて「原則自由化」された。この時は、1年という期間制限が設けられたが、小泉内 閣の下で2003年には3年までの延長が可能となり、04年には製造ラインや医療業務の一部への派遣が解禁された。

 それ以降は急速に派遣労働者が増え、まさに業者のやりたい放題で、違法な二重派遣や「偽装請負」、日雇い派遣、マージン以外に「データ装備費」(グッド ウィルの場合)などの名目による二重のピンハネまで横行するようになった。今や派遣労働者は320万人を超え、派遣業界は5兆4千億円の売り上りをほこ る。

 儲けているのは派遣元企業だけではない。正社員を減らして派遣社員を使っている派遣先企業も、人件費を大幅に減らしたことによって利益を増やしている。 国内企業の経常利益は03年度の約36兆円から06年度には約54兆円へと3年間で1・5倍に膨らんでいる。この間、派遣労働者を含む非正規雇用は労働者 の3分の1を占めるほどに拡大し、年収200万円以下の「ワーキング・プア」層は1千万人を超えた。

 まさに派遣労働は、企業の都合で解禁された「使い捨て労働」にほかならない。

 現状は国際基準に逆行

 こうした非人間的労働システムを変えていく上で参考になるのは、国際基準だ。

 いま世界の目標とされているのが、「ディーセント・ワーク」の実現だ。これは、国際労働機関(ILO)のソマヴィア事務局長が1999年に就任した際に ILOの理念・活動目標として示したもので、「権利が保護され、十分な収入を生み、適切な社会的保護が供与される生産的な仕事」と注釈付きの訳があてられ る。ソマヴィア事務局長自身の言葉で言えば「(ディーセント・ワークとは)子どもに教育を受けさせ、家族を扶養することができ、30〜35年ぐらい働いた ら老後の生活を営めるだけの年金などがもらえるような労働のことです」。

 派遣労働をはじめとする日本の現状は、このディーセント・ワークが全く欠けている。家族を扶養するどころか、自分の住むところさえ確保できず、安心して 暮らせる年金をもらえる保障などどこにもないからだ。

 派遣労働を考える上でのキー・ポイントは、「直接雇用」こそが雇用の原則であることの再確認だ。「間接雇用」である派遣労働を原則自由化した誤りを是正 し、少なくとも専門性を持つ限られた業務にだけ認めるという形に戻さなければならない。

 また当面、過去の「改正」のたびに国会決議で確認されながら何ら実効性を伴っていない常用代替防止原則(=派遣労働者が常用労働者の代替となってはなら ないという原則)の実効性を確保するために、この原則を法律に盛り込むことが必要だ。

 さらに派遣労働者の権利保護を明確化する必要がある。そのためにも、ユーザーである派遣先企業にはほとんど責任を負わせない現行法を改め、「事前面接」 や「偽装請負」などの法律違反を犯した派遣先に対しては、派遣先が派遣労働者を雇用したとみなす「みなし雇用」責任制を導入すべきだ。

 この「みなし雇用」については、松下プラズマディスプレイ(PDP)偽装請負事件の大阪高裁判決という先例がある。判決は、原告の吉岡力(つとむ)さん と発注元の松下PDPの間に事実上の使用従属関係、労務提供関係、賃金支払関係があり、「社員としての雇用契約が成立していた」と認定したのだ。

同一賃金・均等待遇の実現へ

 派遣労働者の問題は、単に派遣労働・非正規雇用だけの問題ではない。まじめに働いてもまともに生活できないような労働者(ワーキング・プア)が増え続け る一方、企業だけがボロ儲けしているような社会(ディーセント・ワークが欠如した社会)をそのまま放置しておいてはならない。それは人間が人間として扱わ れていない社会だからだ。

 その証拠に、正規労働者も雇用の「安定」と引き換えに非人間的な長時間労働を強いられ、過労死や過労自殺が続出している。

 労働者の権利保護については日本よりも数段進んでいる欧州連合(EU)では、雇用社会問題相理事会が派遣労働者に正規労働者と同等の権利を認める派遣労 働者指令案に合意した。合意された指令案によると、派遣労働者は原則として契約開始の1日目から賃金・休暇・出産休暇について正規労働者と同一の待遇を受 け、食堂・託児所・輸送サービスでも同一の利用権を持つと規定している。

 日雇い派遣が社会問題している現在、派遣労働に歯止めをかける好機だ。日雇い派遣問題を突破口に派遣労働法の根本的見直し、規制緩和路線の転換をはか り、同一価値労働=同一賃金、正規・非正規の同一待遇、最低賃金時給1200円以上の実現へと前進していかねばならない。
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