2010年05月07日発行 1132号

【増え続ける児童虐待 事件の背景に失業・不安定就労 最大の要因は若者の貧困化】

  児童虐待のニュースが連日のように報道されている。なぜ、幼い子を傷つけてしまうのか。日本では「親の未熟さ」の問題として語られる傾向があるが、これは 事の本質を覆い隠す自己責任論でしかない。児童虐待を引き起こす最大の要因は貧困である。新自由主義政策がもたらす生活破壊・家庭崩壊の典型的事例とみる べきなのだ。

親だけの問題か

 児童虐待防止法が施行されて今年で10年になるが、子どもへの虐待事件は年々増え続けている。今年に入ってからも、保護者が殺人や傷害致死の容疑で逮捕 される事件が各地で発生している。大阪府内では3月中旬から4月中旬のわずか1か月間だけで、児童虐待による保護者の逮捕が5件6人にのぼった。




 報道されている虐待の動機はあまりに幼い。生後9か月の女児が泣きやまないことに腹を立て壁に投げつけた(加害者は23歳の実父)。なつかない2歳の子 どもにいら立ち、馬乗りになって胸を殴り続けた(同・母親の交際相手である19歳少年)。3歳の女児が食卓の上に乗ったことにキレて、突き落とした(同・ 27歳の実母)等々。

 これらの事件は子どもが犠牲者という痛ましさゆえに、センセーショナルに報道される。「無責任な連中に親になる資格はない」というように、若者批判の一 種として語られることも多い。しかし、児童虐待は決して個人や一家庭の問題ではない。虐待の背景には、貧困の拡大という社会的な要因がある。

 もちろん、児童虐待はどの家庭でも起こりうる。経済的に苦しい家庭に特有の現象ではないのだが、多くの調査研究は貧しい家庭ほど児童虐待が起きやすいことをはっきりと示している。

 児童虐待大国と言われる米国の研究によると、貧困ライン以下の所得しか得ていない家庭の子どもたちは、所得が中央値以上の家庭の子どもたちに比べ、約 25倍もの高さで児童虐待やネグレクト(養育放棄)の危険にさらされているという(山野良一著『子どもの最貧国・日本』)。

 日本でも同様の調査結果がある。全国の児童相談所が一昨年春の3か月間に虐待が確認された児童約8千人について家庭環境を調査したところ、33%の家庭 が「経済的な困難」を抱えていたという。また、貧困に直結する母子だけの「ひとり親家庭」が26%、「仕事が不安定な家庭」が16%を占めていた。

監視より福祉を

 最近の事件をみても、失業・低所得・不安定就労・周囲からの孤立などからくる親のストレスが、思うようにいかない育児のいら立ちと重なり、子どもへの暴力や養育放棄に至るというパターンが実に多いことがわかる。

 近年における児童虐待の急増が、貧困の拡大とりわけ若年層の貧困化と密接に関係していることは明らかだ。新規採用の減少や非正規・不安定雇用の増大が、子育ての土台となる生活基盤の崩壊を引き起こしたのである。

 このように、児童虐待の多くが貧困に起因する以上、その予防は貧困対策として行われるべきだ。現在、虐待の早期発見と称して児童相談所や警察への通報促 進が叫ばれている。そんなことよりも、貧困家庭が十分な子育てを行えるように経済的な支援を含めた子育て環境の充実を図ることの方が、虐待を防ぐ上ではる かに有効であろう。

地域の再生が必要

 参考となる事例が英国にある。政府が設置を進める「子どもセンター」事業だ。

 このセンターは保育や子どもの遊び場を提供するほか、未就学児とその親、妊婦らに必要な支援を行っている。育児や料理の指導、助産師や保健師、セラピストの駐在、母親の就職支援のための職業訓練プログラム、行政サービスに関する各種相談、そして親子での楽しい行事など。

 こうした事業が地域住民も参加して運営される。以前は知らない人ばかりで孤立していた若い親たちがセンターに集い、子育てを通じた交流を広げていく。子 どもセンターの存在が地域コミュニティの再生につながったという事例も報告されている(ポリー・トインビー他著『中流社会を捨てた国』)。

 本来、子育てという営みは一家庭だけで担えるものではない。だが、経済的に困窮している若い親たちは人的なつながりに乏しく、子育ての相談相手もいないことが多い。行政の支援を受けようにも、その手立てがわからない。

 だからこそ、児童虐待を防ぐには子育てを地域ぐるみで支えるための環境整備、資金投入が必要なのだ。そうしたトータルな子育て支援という観点が鳩山政権の「子ども手当」には欠落している。

 グローバル資本の儲けのために若年層の貧困化を放置してきたことが、次世代を育てることすら困難な状況をつくりだしてしまった。増え続ける児童虐待は、この国がむきだしの新自由主義国家であることを物語っている。(M)
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