2011年01月14日発行 1165号

【どうみる『坂の上の雲』/新自由主義と軍拡推進のため/ドラマが狙う「国民意識」づくり】

 NHKのドラマ『坂の上の雲』は昨年末の放映分で第2部が終了。クライマックスの第3部 (日露戦争時の「日本海海戦」)が今年12月に放映される。ドラマは「明治期」の日本を「あかるい時代」とし、日清・日露戦争を「祖国防衛戦争」として描 いている。歴史のねつ造に満ちたドラマの狙いは何なのか。

 『坂の上の雲』の原作は言うまでもなく、司馬遼太郎の同名歴史小説である。欧米列強の脅威に直面した明治期の日本人は、民族の力を結集して近代国家の建 設にまい進し、ついには強国ロシアとの戦争に勝利した。それは「世界史上の奇蹟」であった−−とする物語である。

 こうした原作の世界観をテレビドラマ版も踏襲している。豪華キャスト演じる登場人物は皆、「世界が驚愕した偉大なる日本人」(『文藝春秋』12月増刊 号)という扱いだ。

 主人公の秋山真之(さねゆき/本木雅弘)は、鋭い知性と合理的精神が光る海軍作戦参謀。兄の好古(よしふる/阿部寛)は古武士の風格と進取の気性を併せ 持つ「日本騎兵の父」。連合艦隊司令長官・東郷平八郎(渡哲也)は、決してぶれない姿勢で部下の信頼を集めた名リーダー。山本権兵衛(石坂浩二)は、国家 のために私情を捨て大胆なリストラを断行した海軍大臣。伊藤博文(加藤剛)は、最後まで戦争を防ごうとした平和主義者。小村寿太郎(竹中直人)は、外相と して欧米列強と渡り合った救国のタフネゴシエーター…。

 きりがないので、この辺でやめておこう。原作は司馬特有の過剰表現・誇大評価の連発で明治期の政治家・軍人を讃えているが、その特徴をドラマ版はパワー アップした形で受け継いでいる。

 「ドラマなのだから、話を盛り上げる工夫はあって当然だ」という意見もあるだろう。だが、「歴史の授業ではわからなかったことがドラマを見てすっきりし た」といった感想(09年12月26日付の朝日新聞に掲載された中学生の投書)があるように、間違った歴史認識が広がるおそれがある。「たかがドラマ」と 見過ごすわけにはいかない。

朝鮮侵略を黙殺

 『坂の上の雲』における史実の改ざんについては、すでに多くの批判本が出ている。中塚明著『司馬遼太郎の歴史観』、中村政則著『「坂の上の雲」と司馬史 観』などが詳しい。具体的には、これらの著作及び別記事をみてもらうとして、ここではポイントだけ述べておく。

 日清・日露戦争は原作者が言うような「祖国防衛戦争」ではない。朝鮮半島の支配権をめぐる争いであった(植民地獲得戦争)。日本は朝鮮半島を踏み台にし て、近代化=帝国主義国への階段を駆け上っていったのである。

 それなのに『坂の上の雲』は、明治期の日本が朝鮮半島で何をしてきたかについて一切語らない。朝鮮や中国の民衆に対して日本軍が行った残虐行為もきれい にスルーしている。また、戦争を主題にした作品でありながら、戦争の犠牲者である民衆はほとんど視野に入ってこない。ナレーションで語られるのは、重税 によく耐えて戦争勝利に尽くした健気(けなげ)な国民像≠セけなのだ。

 このような史実の無視・歪曲が行われる理由ははっきりしている。『坂の上の雲』が描く「あかるい明治」など虚構の世界でしかないからだ。

 では、そんな作品が「スペシャルドラマ」として制作されることに、どのような今日的意味があるのだろうか。

グローバル化を意識

 NHKの企画意図にはこうある。世界が「グローバル化の波に洗われ」る今、「日本は、社会構造の変化や価値観の分裂に直面し進むべき道が見えない状況」 が続いている。だから、この作品を「現代の日本人に勇気と示唆を与えるものにしたい」。

 『坂の上の雲』の映像化には、グローバル資本主義の時代にふさわしい国家像および国民のあり方を提示するという明確な狙いがあることがわかる。これを踏 まえて、先に紹介した登場人物を思い返してほしい。彼らは国の将来を憂える愛国者であると同時に、世界に開かれた国際人として描かれている。

 つまり、NHKの言う「この作品に込められたメッセージ」とは、“今こそ日本は明治の先例にならい、グローバル化に対応した諸改革を断行すべし”という ことなのだ。しかも、ドラマは様々なエピソードを通して“国際競争を勝ち抜くためには軍事力の裏付けが必要だ“ということを視聴者にくり返し印象づける構 成になっている。
 まとめよう。ドラマ版『坂の上の雲』は、現代における「日本人の指針」となるべく制作された。歴史を歪曲し「国民的物語」を作ろうとしているのである。 その狙いは、新自由主義と軍事大国化路線を支える「国民意識」を喚起することにある。

 今年末に放送される『坂の上の雲』第3部は日露戦争一色の内容になる。支配層に都合のいい歴史観の刷りこみを許さぬために、番組内容を批判的に検証して いく必要がある。        (M)
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