2011年12月09日発行 1210号

【非国民がやって来た!(123)井上ひさしの遺言(1)】

 ――舞台がゆっくりと明るくなる。遠くから音楽が聞こえる。「ひょっこりひょうたん島」の 主題曲のようでもあるが、山形民謡「花笠音頭」のようにも聞こえる。つまり、歌詞もメロディもはっきりしない。上手から10歳くらいの少年が静かに歩み出 るが、顔はよく見えない。舞台中央近くに来ると、俯いたまま懐から書き物を取り出して読み上げる。

  少年――神童の誉れ高いアキラです。誰が何と言おうと神童です。正真正銘の神童です。振動でも震動でも、はたまた進藤、新道、新藤、新堂、真藤でも、いわ んや伸銅、真銅、真道でもなく、宋神道でもありません。最後のギャグを笑えたアナタに座布団1枚。あ〜しんど。

 井上ひさし先生の遺書をめぐる物語が始まるという噂につられて、筆者の思い出の中で極端に美化されたイメージとして登場してきました。顔がよく見えない のは、あわてて出てきたため造形が間に合っていないからです。筆者は子どもの頃は紅顔の美少年だったと言っていますが、裏付け証拠が見つからないため顔を 伏せたまま失礼します。井上ひさし先生のような立派な出っ歯でなかったことは確かですが、証拠写真が手元にないので、このまま進行します。ボクは子どもの 頃から読み書きが大好きで新聞の文字に熱中していました。3歳にして大人にせがみこんで新聞の読み方を教わっていたことは親戚の間で語り草となっていま す。幼稚園では、意味はわからなくても新聞第一面を音読してみせて、周りを驚かせました。「神童現る」――田舎町に笑劇ならぬ衝撃が走ったことは言うまで もありません。

 おっといけない。自慢話をするために出てきたわけではないし、時間の無駄なのでボクの少年時代に関する驚嘆すべき100の事実を列挙するのはやめておき ましょう。などと言うこと自体が、少しもさりげなくない、露骨な自慢話で済みません。ついでに言うと、子どもの頃からとんでもない嘘吐きと感嘆していただ いておりました(笑)。

 さて、この度、「週刊MDS」にて、井上ひさし先生の遺書をめぐる物語が始まることになりました。編集者は猛反対したという噂がありますが、筆者――つ まり40数年後のボクが、何が何でも井上ひさしと猛烈に主張しました。ひょっこりひょうたん島、モッキンポット師、ブンとフン、吉里吉里人から、近代文学 評伝シリーズ、さらには東京裁判3部作に至るまで、井上ひさし先生に笑わされて育ったボクとしては、2010年4月9日、突如として世界の笑いが消えてし まったことに唖然、暗然、愕然、呆然、慄然、渾然としながら、混迷、混乱、困惑、混浴(ウソ)を重ねてきました。しかし、しかるに、ところが、ついにここ に、井上ひさし先生の遺書をめぐる物語を開陳せんと決意したのであります。

 いよいよ始まるのは作家・劇作家・思想家井上ひさしの「非国民物語」。井上先生の手になる文章ではないので、くすっと笑える保証書や、ほろっと笑える仕 様書はついてません。ゲラゲラ笑って顎がはずれた時の対処マニュアルもついてません。はははは、ひひひひ、ふふふふ、へへへへ、ほっほっほっほっと大笑い はできなくとも、きっと世の中少しは明るく見えてくるはず。何よりボクとしては「連載200回目標」に向けて精進あるのみ・・・あっっ、向こうからやって 来るのは・・・あれは、う〜〜む、まずい。ここは36計、裏表72計、裏表上下144計、裏表上下左右288計、逃げるが勝ちだ。さっそく素早く、すたこ らサッサ、それではみなさん、さようなら。

――舞台が徐々に暗くなり、下手から「ひょっこりひょうたん島」のメロディが近づいてくる。
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