2012年04月20日発行 1228号

【非国民がやってきた!(132)  泣くのは嫌だ 笑っちゃおう(4)】

偽博士――厦の字はひさし先生のお父さんの作品に所縁があるんですよ。

偽モッキンポット師――ほんなら山形行ってみよか。浅草には小松青年おらんみたいやし。

――絨毯が北の空に向かって滑り始める。

偽フン――小松青年の父親は小説家志望だったそうじゃ。

偽博士――はい、本名は井上修吉といって、山形県の薬局の生れです。東京の薬学部に通って、故郷の薬局を継いだのですが、小説を書いていました。

偽モッキンポット師――わてもあのアホからそう聞いたで。そやけど嘘ちゃいますか。

偽フン――願望かもしれんな。でも、ブンに頼めば本当のことにしてくれるぞ。

偽博士――嘘じゃありません。お父さんは週刊誌の懸賞に応募して、ちゃんと賞をもらっています。ひさし先生の自筆年譜によると「昭和9年、1934年、山 形県東置賜郡小松町(現・川西町)中小松2852番地で生まれる。父は修吉、母はマス。父は薬剤師で、薬局を経営していたが、小説家志望で、当時の大衆小 説家の登竜門『サンデー毎日大衆文芸コンクール』の常連投稿者だった。入選も何度か果し、上京して本腰を入れて小説家になろうかという矢先、脊椎カリエス で死亡した(わたしが5歳のときである)。父のこの投稿癖を、後年、私が引き継ぐことになる」とあります。

偽フン――そこまで書いているなら嘘ということもなかろう。つまらん。もっと恰好よく嘘でキメルのが作家魂なのに。わしの少年時代は見事な謎だぞ。自分で もわからないぐらいじゃ。

偽博士――ひさし先生の父親も作家だったのは凄いじゃないですか。

偽モッキンポット師――小松青年をストリップ劇場に通わせたくらいやからポルノ作家ちゃうか。

偽フン――文学史にはまったく残っておらんな。井上修吉なら井上ひさしのすぐ前に出てこないとおかしい。井上荒野、井上ひさし、井上雅彦、井上光晴、井上 靖・・・

偽博士――ペンネームは小松滋といいます。

偽モッキンポット師――ちゅうことは小松左京のライバルか。そや、あのアホも小松青年・・・

偽博士――小松町の出身だからです。現在のこまつ座も同じ理由です。

偽フン――安直なペンネームやな。夢がない、ロマンがない、スリルがない、奇想がない、どんでん返しがない、昂奮がない!

偽モッキンポット師――まあまあ、そう昂奮せんと。

偽博士――これがお父さんの作品『H丸伝奇』です。

偽フン――やけに新品やな。1930年代じゃなかったのか。

偽博士――2011年についに出版されたんですよ。ひさし先生のご出身の山形の方が、きちんと調べて、出版にこぎつけたのです。これでひさし先生3兄弟の 名前の由来がすべてわかったのです。

偽モッキンポット師――どんな由来や。

<参考文献>
井上修吉(小松滋)『H丸伝奇』(山形謄写印刷資料館、2011年)

「井上ひさしさんの父・修吉 没後72年初の作品集」山形新聞2011年10月5日

「故井上ひさしさんの父修吉さん執筆 埋もれた作品に光」朝日新聞2011年10月25日

(前回の「泣くのは嫌だ 笑っちゃおう(3)」中段1行目「正解は2の井上厦じゃ」の台詞は、偽博士ではなく偽フンの誤りでした。お詫びし訂正します)
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