2012年08月17日・24日発行 1244号

【非国民がやってきた!(140)〜泣くのはいやだ 笑っちゃおう(12)】

――空飛ぶ絨毯が仙台上空にさしかかる。

偽博士――仙台市街が見えてきました。ひさし先生は高校時代を仙台で過ごされました。

偽モッキンポット師――自筆年譜によると、1947年に小松町立新制中学校に入学したものの、1949年5月に一関市立中学に転校。9月に兄が病気入院、 母親が井上組を解散して、小松青年は弟とともに仙台市郊外にある児童養護施設「光ヶ丘天使園」に収容され、仙台市立東仙台中学に転校している。

偽フン――1950年4月、仙台第一高等学校入学。

偽モッキンポット師――中学から高校にかけて、ものすごい映画少年や。

偽博士――中学時代に、米沢で600本近い映画を見たそうで、ベストスリーは、(1)いちごブロンド、(2)アメリカ交響曲、(3)鉄腕ジム。

偽フン――「高校入学と同時に本格的に映画を観はじめた。高校の3年間に千本観ている」そうだ。3年間のベストテンは、(1)虹を掴む男、(2)陽のあた る場所、(3)邪魔者は殺せ、(4)本日休診、(5)現代人、(6)カルメン純情す、(7)虹の女王、(8)パリのアメリカ人、(9)踊る大紐育、 (10)銀の靴、だそうだ。圧倒的にアメリカ映画だな。

偽モッキンポット師――フランス映画は観てへんのか。

偽博士――当時はアメリカ映画が日本を席巻していましたから。

偽モッキンポット師――アメリカ映画もええけど、フランス映画の文化の香りに触れておらんのは残念や。

偽博士――後にフランス座で働いています。

偽モッキンポット師――それってストリップ劇場やないか。

偽フン――自筆年譜で高校時代と言えば、映画と養護施設のことしか書いてない。

偽博士――小説『青葉繁れる』に書いています。

偽フン――そうだな。でもその前に『四十一番の少年』を紹介しておくべきじゃな。

偽博士――はい。『四十一番の少年』は、児童養護施設に入所した少年が体験した辛い境遇を描いた珠玉の作品です。

偽フン――作家井上ひさしの笑いを理解するには、その裏にある悲しみや残酷や辛酸を知る必要がある。

偽モッキンポット師――小松青年はお笑いばっかり書いてたわけや、ないんやね。

偽博士――『青葉繁れる』のほうは、高校時代を素材にしたユーモアと反骨精神の、ドタバタと諧虐も入り混じった青春小説です。そして、釜石時代の青春を描 いた『花石物語』。

――絨毯が仙台第一高等学校上空を旋回する。

偽モッキンポット師――(突然立ち上がって叫ぶ)なんや?・・・なんや!この気配は。

偽博士――どうかされましたか。

偽モッキンポット師――このへん、成仏でけへん霊が山のように彷徨(さまよ)うとる。

偽フン――確かに、ずううう〜〜っと向こうの方まで・・・

偽モッキンポット師――迷い仏の悲しみが激流の如く渦巻いとる。

偽博士――東日本大震災のせいですね。人間も動物たちも悲惨な死に方をしましたから。

偽モッキンポット師――悪いけど、ここで降ろさしてもらいますわ。

偽博士――どうされるんですか。
偽モッキンポット師――わては神父やで。キリスト教と仏教と、違いはあっても、成仏でけへん霊を慰めるんがわての仕事や。

偽フン――わしも降りることにしよう。どうやら、井上ひさしの霊は東日本中を駆け巡っているようじゃ。見捨てられた命を助け、慰め、成仏させるために、必 死のお笑い作戦中と見た。ブン、行くぞ。

偽博士――ぼくも降ります。絨毯、地上に降りて。

――空飛ぶ絨毯が、西陽の射す仙台へフワリフワリと降りてゆき、やがて小さくなって、見えなくなる。

<参考文献>
井上ひさし『四十一番の少年』(文春文庫、1974年)
井上ひさし『青葉繁れる』(文春文庫、1974年)
井上ひさし『花石物語』(文春文庫、1983年)
ホームページに戻る
Copyright Weekly MDS