2013年09月13日発行 1296号

【小児甲状腺がん異常多発は重大 多発否定のごまかしは許されない 医療問題研究会・小児科医 林敬次 さん】

 福島の子どもたちの甲状腺がん異常多発は重大な局面となった。政府・福島県や 御用学者、マスメディアは「原発事故とは関係ない」「多発ではない」と深刻さを覆い隠すのに躍起だが、運動側の 一部にも多発をあいまいにする傾向がある。異常多発の事態を科学的にとらえることこそ、避難の必要性・緊急性を 明確にし、子ども・被災者支援法を実施させる決定的なカギとなる。医療問題研究会の林敬次医師に寄稿してもらっ た。


多発あいまいの『世界』

 福島県は8月20日、県健康管理調査で2011年度13人、12年度30人、計43人の小児甲状腺がんが発見 され、すでに19人が手術を受けたと発表しました。雑誌『世界』9月号は、この甲状腺がんの発見についてルポを 掲載しました。ところがルポは、岡山大学津田敏秀教授の医学的に明確な多発である(アウトブレイク)との見解を 紹介する一方、「(エコーを使っての検診では)驚く数字ではない」(日本医科大清水一雄教授)という意見や、岡 山大学生の検診結果などと比較して福島での発見はたいしたことはないとする西美和医師(広島赤十字・原爆病院) の論文をそのまま紹介することによって、異常な多発かどうかが相対化され、結論があいまいになっています。

 清水教授や西医師らの見解は、山下俊一福島県立医科大学副学長・元福島県放射線健康リスク管理アドバイザーら を含めて主流の「専門家」たちの主なごまかしの手口となっています。

甲状腺検査とは

 このごまかしを理解していただくために、まず福島県の「甲状腺検査」方法を説明します。

 調査はその地域の0歳から18歳の子ども全員を対象に、甲状腺のある首を見たり触ったりし、エコー(超音波) で甲状腺を調べます。これは子どもの体重や身長を測って太りすぎなどを発見するのと同じように、全員に実施して 異常かもしれない子をピックアップする作業で、医療では「スクリーニング検査」と呼ばれます。

 次に、異常らしい場合は精密な「2次検査」に移り、エコーなどを詳しくしてやはり異常なら、注射針で異常な部 分の組織を吸い取ってがんかどうかを調べて「甲状腺検査」が終了します。これで、9割程度の正しさでがんを見つ けることができます。がんの確定は手術して異常な部分を調べてからとなっています。

 これらの「スクリーニング検査」で発見したがん患者は、6月発表では11年度11人、12年度16人で、11 年度の2次検査終了者は80%程度でした。12年度は前回6月24%程度だったのが、8月発表では48%になり 患者は30人に増えたわけで、最終的には60人程度に増える可能性もあります。

 津田教授の計算では、6月発表の数字2011年度の11人でも日本平均の約13倍という異常発生です。その値 がさらに高くなったわけです。

発生率と発見率

 ここで注意してほしいのは、マスコミなどが報道している「子どもの甲状腺がんは百万人に1人」というのは1年 間に「発生する率」(発生率)であり、スクリーニングでの「発見率」とは意味が違うということです。スクリーニ ングでの発見率は、調査時点での病気を持っている人の割合のことです。甲状腺がんの子が仮に治療せずに7年間が んを持っていますと、年間の発生率はスクリーニングでの発見率の7分の1になるのです。ですから福島での子ども の発見率を7で割ると発生率が出ます。さらに、この数字は検診時の年齢でなく、その7年後の年齢の甲状腺がん発 生率と比較して異常かどうか判断しなければなりません。津田教授はこれらの点を考慮してもなお異常に高い「発見 率」だと説明しており、その方法は科学的です。

 これらのことは医学・疫学の常識なのですが、一般の方はもとより私たち医者の大部分にもなかなかわかりづら く、私も最初は間違っていました。このわかりにくさを利用してごまかそうとしているのが先の山下らの説明です。

手の込んだごまかし

 前述のように異常多発を執拗に否定する勢力は、エコーを使っての「スクリーニング検査」では、首が腫れるなど の症状がない言わば隠れた状態の小さなガンまで発見してしまう、最近の超音波では小さながんでも発見できるので なおさらだ、と主張します。そして、これらのがんはなかなか大きくならず、今発見している小児のがんは、本来な ら大人になってから症状が現れるがんである、という根拠のない説を述べます。つまり、将来発見されるべきがん (大人の甲状腺がんの頻度は子どもと比べけた違いに多い)を先取りして発見しているのだから、福島県の子どもの がんが多数発見されるのは異常ではない、と手が込んだ屁理屈をこねます。これらをひっくるめて「スクリーニング 効果」説といいます。

 エコー機器の進歩で、小さながんが見つかるのはその通りですが、それは直径1〜2ミリ程度の話です。福島の検 診で行われている5ミリ以上のがんを発見することは1990年代の機器でも十分できたことです。

山下の間違いは証明済み

 山下ら「スクリーニング効果」説のごまかしは、チェルノブイリ事故(1986年)後の甲状腺がん多発が隠せな くなった時にも飛び出してきたものです。しかし、この説はチェルノブイリ後の調査研究で間違いが証明されていま す。

 スクリーニングにはスクリーニングのデータで反論するのが一番です(表)。まず、チェルノブイリ事故で深刻な 被害を受けたベラルーシでの1990〜91年のスクリーニングでは、14歳未満の1100人に7人の甲状腺がん が発見されていました。しかし、最もがんが多発したゴメリ市でさえ、事故後に生まれた14歳未満の子どもでは、 1998年から2000年での9472人のスクリーニングでも、2002年に実施された2万5446人のスク リーニングでも、1人も発見されませんでした。もし、スクリーニングで発見されたがんが将来のがんを単に早く発 見しただけなら、事故後に生まれ放射性ヨウ素の被曝が少なかった子どもにも多数のがんが発見されたはずです。事 実によって「スクリーニング効果」説は否定されたのです(実は、当時「スクリーニング効果」説を否定した論文の 著者の1人に山下が入っています)。

 そのほかにも「スクリーニング効果」説を否定するデータは、2012年11月から2013年3月に弘前市、甲 府市、長崎市で環境省が行った3〜18歳、4365人のスクリーニングでがんがゼロだったこと、チェルノブイリ 周辺の地域によって発見率が極端に違っていたこと、特に重要ですが発見率は被曝線量と比例しているデータがある ことなど、数多く存在します。


いいかげんな西論文

 西美和医師の論文について簡単にふれておきましょう。西論文は、◆甲状腺がんは年齢とともに10倍、100倍 と増えるにもかかわらず17歳以上のみの大学入学生のデータと0〜18歳までの福島県の対象者を同一の年齢層と して比較している ◆25年間の岡山大学生の発症率の数字について4年間の学生生活を1年と数え発症率を4倍水 増ししている ◆たまたま多く出た数値を使っている ◆それらの数値が全国的な調査と大きくかけ離れていること の検証もせず、さらに甲状腺がんの調査研究では不可欠なチェルノブイリの研究との比較検討もしていない、という いいかげんな論文です。

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 以上より、福島での甲状腺がんの多数の発見は、山下らのごまかしでは説明がつかず、津田教授の多発説でのみ説 明できることが理解いただけたでしょうか。
 すでに19人が手術をうけています。どのような治療をされたのかは不明ですが、大人のがんを単に早く見つけた だけなら、どうして子どもにつらい手術を急ぐのかの説明が必要です。


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