2014年05月30日発行 1331号

【本当のフクシマ/原発震災現場から/番外編/『美味しんぼ』騒動が明らかにしたもの/「不都合な真実」描かれ焦る原発推進派】

 「週刊ビッグコミックスピリッツ」(小学館)で連載中の漫画『美味しんぼ』が、メディア、学者、文化人、果ては官房長官や環境大臣など閣僚まで加わって袋だたきにされている。「福島の真実」編と題した連載の中で、(1)主人公の山岡士郎が福島訪問後に鼻血を出す(2)福島大准教授の「福島は除染しても再び住めるようにすることはできない」などの発言(3)井戸川克隆・前双葉町長の「鼻血は被曝したからですよ」などの証言――が、原発推進派にとってよほど痛かったらしい。


鼻血は事実だ

 筆者が福島に住んでいた事故以降の2年間、鼻血の話はそれこそ毎日のように聞いた。通常の鼻血のようにドロッとしてすぐ止まるのではなく、さらさらした水のような鼻血が大量に出るのが特徴だ。ティッシュペーパーの箱が空になっても止まらない鼻血が何度も続いた結果、恐怖を感じて避難する人も出始めた。事故直後の早い時期に着の身着のまま避難に追い込まれた人にはこのようなケースが多い。

 初めは子どもの鼻血の陰に隠れて表面化しなかったが、大人からも鼻血の話を聞いた。現職の郡山市議にも鼻血を出す人がいた。化学物質過敏症などのアレルギーのある人には特に多かった。地域別では福島市や郡山市が多かったが、それは当然だろう。最も人口の多い中通りが最も放射線量が高いからだ。

 広島で多くの被爆者を診察してきた肥田舜太郎さんは、内部被曝の初期症状を鼻血、下痢、紫斑であるとしている。どれも事故直後の福島で耳にした。

双葉町「抗議」の背景

 『美味しんぼ』に真っ先に抗議したのは井戸川さんが町長を務めた双葉町だ。

 筆者は、その背景に依然として続く双葉町の「井戸川派×反井戸川派」の政治闘争があると見ている。2012年末、井戸川さんが町長を失職する契機となった不信任決議案が提案された際、議会で提案理由の説明を行ったのが岩本久人町議。井戸川さんの前の町長・岩本忠夫氏の息子である。社会党員だった岩本元町長は「双葉地方原発反対同盟」メンバーとして反原発派に推されて当選したが、その後、原発推進に寝返った。立地自治体の交付金を頼りに次々とハコモノ建設に狂奔した結果、双葉町は早期健全化団体(財政破綻の一歩手前)となった。

 井戸川さんが町長になった直後、「赤字で予算が組めません」と総務課長が町長室に駆け込んでくる事態も起きている。町財政を破綻に追い込んだ元町長の息子が、恥を恥とも思わず「井戸川つぶし」を続けているのが実態だ。

 福島県内には、行政の長でありながらいち早く福島から離れて町ぐるみ避難をめざした井戸川さんを「裏切り者」とする空気がある。それならば問おう。「反原発派に推されて当選しながら原発推進に寝返った岩本元町長こそ裏切り者ではないのか」と。

健診署名を広げよう

 「自分が今まで体験したことのない身体症状が出ると、ついに(被爆の健康影響が)出たかと思い、どきっとする」。広島、長崎の被爆者がこんな証言をしていることを事故後に知って驚いた。それはまさに筆者を含む福島県民が事故後に抱いた不安と同じものだったからだ。広島、長崎、福島のヒバクシャはみんな同じ気持ちを抱きながら毎日を生きている。

 統計上、有意なものとして現れた明らかな数字の変化、それまでと違う明白な身体症状さえ「医学で説明できない」とあざ笑い、切り捨ててきた医学界と御用学者たち。「美味しんぼ」で原作者の雁屋哲氏が訴えたかったのは、「医学」の名で真実が否定されデータも隠される中でも、そこに被害者がいて訴えが続く限り、最大限寄り添い、理解に努めようとする良心、そして決意だったと思う。それは賞賛に値するもので、非難すべきものでは断じてない。

 もし、真実を伝えることによって「風評被害」が起きるならば、その「風評」も含めて責任は国、東電、原子力ムラにある。彼らは『美味しんぼ』を非難する暇があるなら、まず賠償すべきだ。井戸川さんに不当な攻撃を加えることが敵の目的なら、井戸川さんが呼びかけ人になっている放射能健診100万人署名の飛躍的発展で応えることが私たちの使命だ。(水樹 平和)


【隠ぺいに強い懸念/渦中の井戸川克隆さん談】

 福島県が言い出した言葉、「風評被害」にはかねがね疑問を持っていた。相手にうそを言われることに対して使われる言葉で、事実に対して使う言葉ではない。今度の原発事故と被害が、うそであってほしいと私は願うが、帰りたくても帰れない現実がある。そんな中で「風評被害」を、公の機関である県が使うのだから、言葉の説明があってしかるべきだ。

 国も「風評被害」を使い、事故の被害がなかったことにしようとする。国民的議論が必要だ。

 『美味しんぼ』は的を射ていた。だからこそ、福島県や国は大あわてした。その意味で、議論するチャンスだが、プレッシャーをかけて覆い隠そうとしている。強い懸念を抱く。      (5月18日)

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