2014年08月15日発行 1342号
【どうみる「アナ雪」現象/時代の空気を象徴する主題歌/「ありのままに」生きられない】
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ディズニーのアニメ映画『アナと雪の女王』が記録的な大ヒットを続けている。興行収入が日本歴代2位に迫る勢いで、累計の観客動員数は2千万人を超えた。今や社会現象というべき「アナ雪」人気の理由を考えてみた。
生きづらさの証明
「アナ雪」人気の原動力は、何と言っても主題歌の「レット・イット・ゴー」である。本編映像から抜粋したミュージック・クリップ(一緒に歌おう版)は、動画サイトで5700万回(7月末現在)もの再生回数を記録した。
たしかに、ヒロインのエルサが「ありのままの姿見せるのよ/ありのままの自分になるの」(日本語吹き替え版)と高らかに歌う場面は爽快感に満ちている。映画館で観客が一緒に歌うイべントが好評を博したのもうなずける。
さて、オリジナル主題歌を上回る人気の日本語版(唄・松たか子)だが、英語の原詞とはかなりニュアンスが違う。そもそも、「Let it go」の意味は「ありのまま」ではない。本当は「もういいじゃないの」「放っておけ」といった感じの言葉だ。
魔力の秘密を知られ王国を逃げ出したエルサは、自分に向けて「Let it go」と歌う。「もういい。かまわないわ。過去を捨て、私は自由になるの」というわけだ(客観的には、自分だけの「氷の城」にひきこもったわけだが)。
これが日本語版だと「ありのままの姿見せるのよ」になり、さらには「自分を好きになって」や「自分信じて」といった原曲には全く存在しない歌詞まで加わった。
なぜか。理由は簡単。そのほうが日本では受けると判断されたからである。事実、日本語訳を担当した翻訳者は、製作サイドから「観客が自分と重ねて聴けるような訳詞にしてほしい」とのリクエストがあったと明かしている。
その狙いは的中した。抑圧を吹っ切り「ありのままの自分になる」と宣言する歌は多くの人びとの心をつかんだ。それは「ありのままの自分」ではいられない、この国の生きづらさを証明しているのではないだろうか。
一時のカタルシス
コラムニストの中森明夫が興味深い論考を書いている。「アナ雪」はエルサと妹アナの「姉妹愛」を描いた物語ではなく、「実は一人の女性の内にある二つの人格の物語だ。すべての女性の中にエルサとアナが共存している」(6/17毎日・夕)と言うのである。
エルサ=雪の女王とは、自分の能力を制御なく発揮する女性のことだ。だが、そうした生き方は世間に叩かれる。傷ついた女性たちは自らの能力を封印し、王子様を待つ凡庸な少女=アナとして生きるしかない。だから、観客の大半を占める若い女性たちは、エルサが隠すことをやめ「雪の女王」の力を存分に発揮する姿に喝采を送るのだ、と。
おおむね同意できる。ただし、中森が強調するほど映画の受け止め方に男女差があるとは思えない。男性も「ありの〜ままの〜」と歌いたいはずだ。だって、そうでしょう。いまどき「ありのままの自分」でいられる職場などない。シューカツと称して「偽りの自分」を演じなければ、社会の入り口段階で排除されてしまう世の中だ。
さらに言えば、子どもが感じている抑圧感は大人の比ではない。はみだすことを過度に恐れ、周囲にあわせることに汲々としている。そんな子どもたちの切なる願いはまさに、「ありのままの自分」でいることである。
かくして、「レット・イット・ゴー」は抑圧社会ニッポンを象徴する国民的ソングとなった。ありのまま生きていない人が「ありのままで」と歌うことで、精神的に解放される(一時のことだが)。これを「映画会社の宣伝に乗せられて」と笑うことはできない。笑うにはあまりに悲しい光景だからである。
自由に物言えぬ国
それにしても、日本はいよいよ「ありのまま」に物を言うこともできない国になってきた(原発や集団的自衛権の問題などなど)。自由な意見交換を保障すべきマスメディアが権力におもねり、言論抑圧の役割を率先している。
紹介した中森の「アナ雪」論考は『中央公論』編集部から掲載を拒否されたものだ。長谷川三千子・埼玉大名誉教授(安倍首相のおともだちでNHKの経営委員)の発言の矛盾を指摘した部分、「皇太子妃が『ありのまま』生きられないような場所に、未来があるとは思えない」との記述が、問題視されたという。
現在の『中央公論』は読売新聞社の傘下にある。安倍政権と蜜月関係にある「読売」の編集方針が同誌にも及んでいることは明らかだ。
この「読売」や同じく安倍応援団のNHKの記者は「レット・イット・ゴー」をどんなふうに歌うのだろうか。まさか、「安倍のままに」ではないだろうな。 (O)
【映画のあらすじ】
触れたものを凍らせる魔力を持つ王女エルサ。彼女は他者を傷つけまいと(幼き日、誤って妹アナをけがさせたことがある)、ずっと自分の力を隠してきた。だが、王位継承の日、秘密がついにばれ、エルサは王国から逃げ出す。そんな姉を救うため、アナは冒険の旅に出る…。
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