2014年11月28日発行 1356号

【朝日元記者に脅迫相次ぐ/メディアが焚きつけたテロ行為/言論封殺は戦争への道】

 日本軍「慰安婦」問題の報道に携わった朝日新聞記者(現役・OB)に対する脅迫や嫌がらせが相次いでいる。メディアが「国賊」や「売国奴」のレッテルを貼り、暴力行為を焚(た)きつける。このような言論封殺が戦争への地ならしであることは歴史が証明している。

「売国奴を殺す」

 「日本を貶(おとし)めた売国奴植村をなぶり殺しにしてやる。辞めさせなければ、天誅として学生を痛めつけてやる。ガスボンベ弾を爆発させる」

 私立北星学園大(札幌市)に対して、このような内容の匿名脅迫状が届いたのは今年5月のことだった。植村とは同大学の植村隆・非常勤講師。朝日新聞の元記者で、日本軍「慰安婦」だったと初めて名乗り出た金学順(キムハクスン)さんの証言を記事化したことで知られる。

 植村元記者への攻撃は週刊文春から「“慰安婦捏(ねつ)造”朝日新聞記者がお嬢様女子大教授に」(2月6日号)と指弾されたことがきっかけだ。この記事によって神戸松蔭女子学院大に抗議電話が殺到。4月から同大の教授になるはずだった植村元記者は雇用契約を取り消された。

 すると今度は、非常勤講師を務める北星学園大に、解雇を求める電話・メールが集中するようになった。「捏造記者を追放しよう」といった街宣やビラまきも学校周辺で行われた。脅しは家族にも及んだ。高校生の長女は実名と顔写真をネットでさらされ、「日本から出ていけ」「自殺するまで追い込むしかない」と書き込まれた。

 北星学園大側は当初、「大学の自治を侵害する卑劣な行為には、毅然として対処する」との文書を出していたが、田村信一学長は10月31日、入試への影響などを理由に植村講師との雇用契約を更新しない意向を明らかにした。

 同様の事件が帝塚山学院大(大阪狭山市)でも起きている。週刊文春の批判記事を受け、元朝日新聞記者の教授を辞めさせないと大学を爆破するという内容の脅迫文書が届き、教授は「自主退職」を余儀なくされた。

 このような脅しが立て続けに「成果」を挙げたとなれば、歴史修正主義者による言論封じのテロはさらに勢いを増すだろう。事態は一大学の問題ではない。民主主義社会の基礎をなす「言論の自由」が暴力によって脅かされているのである。

一般の教員も標的

 一連の朝日記者攻撃には、右派メディアが焚きつけ、ネット右翼や排外主義団体が行動に移すというパターンがある。さらし役は前述の週刊文春や週刊新潮、そして産経新聞だ。攻撃対象は朝日新聞関係者だけではない。日本の戦争犯罪を授業で取り上げた一教員にまで広がっている。

 たとえば、「一方的『性奴隷』主張に学生から批判」という産経新聞の記事(5/21)。日本軍「慰安婦」問題のドキュメンタリー映画を講義で見せた広島大の准教授が、韓国の政治的主張を一方的に伝えたとして、やり玉に挙がった。自作の資料を使って南京大虐殺を教えた仙台市の中学校教員は「不適切授業」(9/19産経)と批判された。

 いずれも学生や保護者から批判が出ているという体裁の記事だが、みせしめによる萎縮効果を狙っていることは明らかだ。戦争国家づくりへの合意を取り付ける上で不都合な戦争の真実を伝えさせたくないのである。安倍政権下の歴史修正策動・言論封殺はここまできている。

屈服した経営陣

 1918年、「大阪朝日」(現朝日新聞)の記事の中に「白虹(はっこう)日を貫けり」(中国の故事。兵乱が起こり、君主に危害を加える予兆とされた)という文言があったことを口実に、当時の寺内内閣は社会不安をあおるとして発行禁止処分(新聞紙法43条)の脅しをかけた。

 右派雑誌は朝日攻撃のキャンペーンを展開、不買運動を煽った。そんな中、「大阪朝日」の社長が右翼に襲われ、「国賊」と記した布きれを首に結ばれ、石灯籠に縛り付けられる事件が起きる。結局、社長以下編集幹部が退社に追い込まれ、「反権力」の報道姿勢は影をひそめていく。

 いわゆる白虹事件である。現在の朝日新聞バッシングは、新聞が戦争国家に屈服していく端緒となった96年前の言論弾圧を思い起こさせる。

 最近の「朝日」をみていると、政府が仕掛けた攻撃に屈服したと言わざるを得ない。「慰安婦」報道を検証する第三者委員会の委員に、北岡伸一国際大学学長を選んだのが一例だ。北岡は安全保障懇談会(首相の私的諮問機関)の座長代理として集団的自衛権行使容認の議論をリードしてきた人物だ。歴史の専門家でもない北岡を安倍ブレーンというだけで検証委員会に迎え入れる。これが安倍政権に対する恭順の意思表示でなくて何であろう。

   *  *  *

 北星学園大学の件では、卑劣な言論封殺テロに屈してはならないと、職員や市民、弁護士グループらによる支援の動きが広がっている。目の前の言論弾圧・人権侵害に黙っていてはならない。それは戦争へと続く道である。(M)

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