2016年01月15日発行 1411号

【「慰安婦」問題日韓合意/「最終決着」強調するメディア/被害者無視の幕引きを後押し】

 12月28日、日韓両外相は日本軍「慰安婦」問題について会談し、「最終的かつ不可逆的な解決」で合意したと発表した。被害者の同意なき政治決着であり、被害者・支援団体は激しく反発している。ところが、マスメディアは今回の合意を画期的と持ち上げ、「完全決着」を強調している。「慰安婦」問題の幕引きに加担する論調を批判する。

「画期的合意」なのか

 各メディアが報道しているように、今回の合意は米国政府の強い働きかけによって実現した。日本と韓国が歴史問題で反目したままでは、日米韓の軍事同盟が有効に機能せず、米国の東アジア戦略にほころびが生じる。そこで日韓両政府に政治的妥協を促したというわけだ。

 事実、ジョン・ケリー米国務長官は12月28日、日韓合意を歓迎する声明を発表。「米国の最も重要な2つの同盟国の関係改善に資する」と期待を示したうえで、国際社会にも「合意を支持するよう求める」と訴えた。

 米国のメディアはオバマ政権のこうした立場を代弁する論調が目立つ。たとえば、ウォール・ストリート・ジャーナルは28日付の社説で「日韓関係の雪解けは、中国と北朝鮮に対抗する上で、日韓を重要なパートナーと見る米政府にも歓迎されるだろう」と論評した。

 日本のメディアも今回の合意を「歴史的決断」と讃える論調が多い。「両政府がわだかまりを越え、負の歴史を克服するための賢明な一歩を刻んだことを歓迎したい」(12/29朝日社説)、「両国が知恵を出しあって合意に至ったことは画期的なことである」(同・毎日)、「日韓関係の再構築に向けた弾みとしたい」(同・日経)等々。

 「慰安婦」バッシングの急先鋒だった産経新聞ですら、「日本側が譲歩した玉虫色の決着」と不満を示しつつ、「東アジアに安全保障上の懸念が強まる中、日韓関係の改善は日米韓の枠組みを機能させる。日本の国益にかなうことは明らかだ」(同・主張)と述べている。

 日韓最大の懸念だった「慰安婦」問題が「最終的かつ不可逆的に解決」することによって、「未来志向」の歯車が回り始めた−−大手紙の論調をみると、そんなムードを無理矢理にでも醸成しようとしていることがわかる。

反発する被害者たち

 しかし、被害者の女性たちは、「勝手にした合意は認められない」(キム・グンジャさん)、「私たちは、お金よりも名誉を回復してもらいたい」(イ・オクソンさん)と憤る。当事者である自分たちの頭越しに決められた合意であり、内容も納得できないというのである。

 日本軍「慰安婦」問題を解決に導く大前提は何か。国際法・国内法に違反する行為で被害者の心身を傷つけたことを日本政府が明確に認め、謝罪することである。今回の合意で日本政府が「責任」に言及したことは前進と言えるが、「法的責任はない」との立場は崩していない(12/28岸田文雄外相のコメント)。

 また、被害者や支援団体が強く求めていた真相究明のための資料公開や歴史教育等を通じた再発防止策は合意内容にまったく盛り込まれなかった。この点において、歴史研究や歴史教育を通じて「慰安婦」問題を永く記憶にとどめるとした河野談話よりも後退している。

反省なき安倍政権

 謝罪と反省についてはどうか。ご存知のように、安倍晋三は「慰安婦」叩きの旗振り役を務めてきた政治家である。その安倍が今回、首相として「心からのおわびと反省の気持ちを表明する」ことを了承した。これは世界の世論を動かした被害者たちの運動の成果であり、安倍流歴史修正主義の敗北と言える。

 それゆえ、安倍は今回の合意について話したがらない。1月4日の年頭記者会見では一言も触れなかった。代わりに周囲が“頭など下げていない”と強がってみせる。たとえば、岸田外相の「日本が失ったものといえば10億円だろう」(12/28)との発言だ。うるさいクレーマーを手切れ金で片づけてやったと言わんばかりの物言いである。

 こうした安倍政権の「謝罪隠し」に呼応し、日本のメディアは「韓国側が蒸し返さないと確約すること」が最重要課題であるかのように国内世論をリードしてきた。あるいは官邸のリーク情報を元に、「慰安婦像の撤去」をことさら焦点化している。“韓国政府の責任で被害者や支援団体の反発を抑えよ”といった論調からは、謝罪や反省の念はみじんも感じられない。

   *  *  *

 国際人権団体アムネスティ・インターナショナル韓国支部は12月28日付で以下の声明を発表した。「今日の合意で日本軍性奴隷制により苦痛をうけた数万人の女性たちが正義を具現することに終止符をうってはならない。…両国政府の今回の交渉は正義の回復よりも、責任を免れるための政治的取引きであった」

 同感である。政府やメディアが何と言おうが、被害者の意向を無視した問題の幕引きが行われるようなことがあってはならない。   (M)

【12・28日韓合意のポイント】

・日本政府は旧日本軍の関与を認め、「責任を痛感」するとともに、安倍首相が「心からおわびと反省の気持ち」を表明する。

・韓国政府が設立する元「慰安婦」を支援するための財団に対し、日本政府が予算10億円程度を一括拠出する。

・この措置の着実な合意を前提に、「慰安婦」問題は「最終的かつ不可逆的に解決される」との認識を確認する。

・両政府は国連など国際社会でこの問題の非難、批判を控える。



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