2016年01月29日発行 1413号

【どくしょ室/牛肉資本主義 牛丼が食べられなくなる日/井上恭介著 プレジデント社 本体1500円+税/食を危うくするカネの論理】

 本書は、牛肉を通してグローバル資本主義のすさまじさを業者や生産者、投資家への直接取材で描いたものだ。その行き着く先に牛丼が食べられなくなる日が来る、と著者は警告する。

 自動車の大量生産によってアメリカ型資本主義が成長していく。収入が増えた人びとは贅沢な食べ物であった牛肉を毎日のように食べる。需要を満たすため畜産や農業が産業化され、牛肉は自動車と同様に豊かさの象徴となったのである。

 この牛肉に異変が起きている。中国で「異次元爆食」ともいわれる牛肉ブームが過熱しているのだ。中国の牛肉輸入が急増し、最近5年間で6倍にもなった。それが日本の牛肉市場を直撃している。さらに羊肉などにも玉突き現象があらわれ、肉の価格が上がっている。その実態が中国の牛肉ビジネスと日本商社の現場を通して明らかにされる。

 では、飼料となる穀物の現状はどうなっているのだろうか。世界一の食糧輸入国だった日本が中国の輸入増によって厳しい状態におかれている。「中国の影響度がすさまじい」と商社員が語る。中国はアメリカからだけでは需要に追いつかないため南米からも輸入している。ブラジルでは日本の5倍となる草原地帯が大豆畑に切り替えられ、作れば作るほど売れるため普通の農家が大豆王になったほどだ。大豆の輸出量について南米がアメリカを追い越し、アメリカの穀物メジャーは価格交渉の主導権を失ってしまったのである。

 肉と飼料をめぐる世界的な動きの陰で暗躍しているものを忘れてはならない。マネーである。このマネーを操る巨大ファンドの創業者は「水不足、食料不足。こうしたことに投資すべきだ」と語る。不足した物に大量のマネーが流れ込めば、その物の価格が急上昇する。買えない人が増えるので問題があると著者は迫るが、「この行為は正義」と創業者は譲らない。投資家にとっては、強欲と言われても儲けることが大事なのだ。

 牛肉の価格を安定させようと奮闘する日本の商社員も描かれるが、そこにはグローバル資本主義の最前線にいながらそれに翻弄されている姿を見て取れる。

 そうした枠の中で問題解決はできないことから、著者はSATOYAMA(里山)とSATOUMI(里海)の実例を紹介していく。これらは経済と環境が手を取り合う関係を作り出すものだ。たとえば製材所が出す木くずを使った発電や海藻による海洋汚染改善などの取り組みである。みんなで考え、全体として解決しようというものだ。ローマ字書きには、これらが世界標準になっている事実も含ませている。

 本書が描く内容は現場と当事者への取材によるものだけに生々しく迫ってくる。これは、食が危ない状態にあることを知らせるとともに本書の特色となっている。

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