2016年05月06日・13日発行 1427号

【MDS学習講座/自民憲法草案の本質はグローバリズム改憲/新自由主義が「国是」になる!】

 参議院選挙の公約に「憲法改正を掲げる」と明言するなど、在任中の改憲に執念を燃やす安倍晋三首相。そんな中、2012年4月に公表された自民党の「日本国憲法改正草案」に注目が集まっている。「復古調」と見られがちな自民党草案の本当の特徴は何か。どのような意図が込められているのか。

後退する自由と権利

 自民党の改憲草案は憲法学者の間で大変評判が悪いことで有名です。時代錯誤、旧体制への回帰、明治憲法どころか江戸時代に逆戻り等々、さんざんな言われようです。それはそうでしょう。自民案は近代憲法の原則から大きく逸脱しているのですから。

 近代以降の憲法は、主権者たる国民が権力者に向かって権力の濫用を戒めるために書かれたものです。人びとが生まれながらにして持っている権利(基本的人権)が侵害されることがないようにするためです。憲法を守る義務は権力の側にあり、国民ではありません。この考え方は私たちの日本国憲法にも貫かれています(第99条)。

 ところが、自民党草案は国民に憲法尊重義務を課しています(102条1項)。国務大臣等の公務員に「憲法擁護の義務がある」(同2項)と言うより先に、国民に「憲法に従え」と言っている。「国民が国家権力を縛るルール」である憲法を「国家が国民を支配するための道具」に変えようとしているのです。

 自民党改憲推進本部の事務局長として草案作成を担った中谷元(現防衛相)は次のような発言をしています。「国民は国家を構成する一員として国家に対しての責任と義務を負うものであります。(中略)国家の命運は国民につながっており、国民は国家の存立とその進展に貢献することをその本分となすものであります」(2013年6月/衆院憲法審査会)

 国家あっての国民という発想ですね。「個人の尊重」を至高の価値とする日本国憲法とはまるで違う。実際、自民党草案は国民に義務を課す条項がやたらと目立ちますし、基本的人権よりも「公益及び公の秩序」を優先する姿勢を露骨に打ち出しています。

 草案12条を見てください。自民案は現行12条の後半部分を「自由及び権利には責任及び義務を伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない」に変えています。超訳するなら、「お前らに生まれながらの権利などない。国家に尽くした者にだけ与えてやるものだ(よって国家の都合でいつでも制限できる)」といったところでしょうか。なるほど、人類の歴史に逆行しています。

金儲はオールフリー

 ではなぜ、反人権思想をむきだしにした改憲案を自民党は掲げているのでしょうか。「自民党の中心メンバーは戦前の支配層の子孫ばかり。自分たちの権力を制限した日本国憲法を憎しみ、破壊しようとしているのだ」という見方があります。安倍首相らの個人的動機としてはわかりますが、それだけではスポンサーであるグローバル企業の賛同を得られないでしょう。

 結論を先に言うと、安倍自民党がつくろうとしている新しい憲法の狙いは「日本を世界で一番企業が活動しやすい国にする」(安倍首相)ことにあります。目指すは、社会のあらゆる物的・人的資源をグローバル企業の利潤追求活動につぎ込むこと。それを可能にするために、人びとの権利や自由を大幅に制限しようとしているのです。

 たとえば、「公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない」とした草案21条2項です。国益(実はグローバル企業の利益)に反するとみなした市民運動や政治活動の封じ込めを意図していることは明白でしょう。

 前文をみると、「世界に先んじて、日本を新自由主義のトップランナーにする」という狙いがしっかりと書き込まれています。「我々は…活力ある経済活動を通じて国を成長させる」。経済成長を国家の最大目標に置いていますね。つまり、自民案が憲法になれば、新自由主義が日本の「国是」になるのです。

 個別の条文はどうか。個人の権利や自由を制限したのとは反対に、企業活動の自由は制約を外しています。「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する」とした現行22条の改変がそうです。

 ここでいう「職業選択の自由」には企業による「営業の自由」も含まれます。現憲法が「公共の福祉に反しない限り」という制約をあえて設けているのは、弱肉強食の「自由競争」によって社会的・経済的弱者の生存権が奪われないようにするためです。

 ところが、自民案は「公共の福祉」による縛りを削りました。新自由主義の考えにそぐわないと判断したからでしょう。居住・移転の自由もそうですね。グローバル企業は利益を求めて世界を自由に行き来します。税金逃れのために資産を海外に移すことも平気でやります。「カネ儲けの自由」には何の制約もつけてほしくないわけです。

戦争動員を甘受せよ

 「家族は、互いに助け合わなければならない」とした草案24条も新自由主義の文脈で理解すべきでしょう。あらゆる国家資源をグローバル企業の国際競争力強化につぎ込んでいけば、当然、公共サービスや社会保障に回すカネはなくなります。要は「自助努力や家族の相互扶助で何とかしろ」という話なんですね。

 もはや国民の面倒をみる気はない。でも文句は言わせたくない−−そんな厚かましい願望を安倍自民党は抱いています。自民党草案には「日の丸・君が代の尊重義務」(第3条)などナショナリズムの育成を目的とした条項がありますが、その狙いは国益のための我慢や犠牲を受け入れさせることにあります。

 日本経済が国際競争に勝ち抜くためなら我が身の犠牲も甘受する。その究極のかたちが国家に命を捧げること、すなわち戦争動員に従うことです。自民党草案は前文から「平和的生存権」を消し去り、9条2項の改変で「国防軍」の設立をうたっています。そうした戦争遂行体制確立の狙いがグローバル企業の権益擁護にあることは説明するまでもないでしょう。

緊急事態は独裁条項

 国民の権利や自由を制限し、国家に従わせる−−自民党草案の98条及び99条には安倍政権のそうした思惑が凝縮されています。日本国憲法にはない緊急事態条項です。

 自民案では内閣総理大臣が「緊急事態」を宣言すれば、法律と同一の効力を有する政令を制定することが可能になります。さらに首相は財政上必要な支出を自由に行うことができるようになり、地方自治体の長に命令を出すこともできる。一方、国民は「国その他公の機関の指示」に従わねばなりません。

 要するに、この緊急事態条項は、首相が緊急事態であると認定した瞬間に、三権分立と地方自治と人権保障を停止するという、恐ろしいものなんです。ヒトラーが独裁に利用したワイマール憲法第48条「国家緊急権」の再来ですね。それほど危険な条項の創設を、安倍政権は大規模災害やテロ対策を理由に、改憲の優先項目にあげています。

 賢明な読者の皆さんはお気づきでしょうが、これは「お試し改憲」などではありません。むしろ、彼らの改憲プランの「本丸」と言えます。「最高責任者は私です」が口癖の安倍首相は「独裁条項」を欲しているのです。

   *  *  *

 恐ろしく反動的で、憲法の基本から外れているが、実は現代の新自由主義路線に適合した新型の憲法案−−それが自民党改憲草案の正体です。1%のカネ儲けのために99%の生活を犠牲にするグローバリズム改憲を許してはなりません。       (M)

【自民党改憲草案「前文」(抜粋)】

 日本国は、長い歴史と固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇を戴く国家であって、国民主権の下、立法、行政及び司法の三権分立に基づいて統治される。

 我が国は、先の大戦による荒廃や幾多の大災害を乗り越えて発展し、(略)平和主義の下、諸外国との友好関係を増進し、世界の平和と繁栄に貢献する。

 日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り、基本的人権を尊重するとともに、和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する。

 我々は、自由と規律を重んじ、美しい国土と自然環境を守りつつ、教育や科学技術を振興し、活力ある経済活動を通じて国を成長させる。(以下、略)

【企業活動の規制を撤廃】

 日本国憲法第22条1項

 何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。
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 自民党改憲草案22条1項

 何人も、居住、移転及び職業選択の自由を有する。



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