2016年05月20日発行 1428号

【NHK会長がトンデモ指示/「原発報道は公式発表をベースに」/国策宣伝と化す震災報道】

 NHKの籾井勝人(もみいかつと)会長が九州・熊本大地震に関する局内会議でとんでもない発言をした。「原発については公式発表をベースに伝えることを続けてほしい」と指示したのである。そのくせ被災地における自衛隊の活動は詳しく報道するよう求めたという。「NHKは政府広報に徹しろ」ということか。アベチャンネルと言われるわけだ。

責任者会議で指示

 問題の発言は4月20日の震災対策本部会議で飛び出した。今回の震災の取材態勢などをNHK各部局の責任者が報告する会議で、理事や局長ら約100人が出席した。籾井会長は会議の最後に発言。「原発については、住民の不安をいたずらにかき立てないよう、公式発表をベースに伝えてほしい」と指示した。

 さらに「当局の発表の公式見解を伝えるべきだ。いろいろある専門家の見解を伝えても、いたずらに不安をかき立てる」とも語った。その一方で、「被災地で自衛隊が活動するようになって物資が届くようになった」と述べ、その状況を「きめ細かく報じてもらいたい」と求めた。

 これらの発言は4月26日の衆院総務委員会で追及されたが、籾井会長は公式発表をそのまま報じるべきだという考えを改めて示した。公式発表とは「気象庁、原子力規制委員会、九州電力」の情報のことなのだそうだ。

 原発については「モニタリングポスト(大気中の放射線量を継続的に測定する装置)の数値などをコメントを加味せず伝える。規制委が安全である、あるいは(運転を)続けていいということであれば、それをそのまま伝えていく。決して大本営発表みたいなことではない」と説明した。

 「それを大本営発表と言うんだよ」とツッコミを入れたいところだが、「やはりそうだったのか」と得心した人も多かったのではないか。それくらい、NHKの震災報道は「国策宣伝」と化している。安倍政権が伝えたいことだけを報じ、都合の悪い事実は触れようとしないのだ。

報道機関の自殺行為

 今回の地震では中央構造線断層帯など活断層の危険性が改めて注目された。地震学の専門家は川内(せんだい)原発周辺の断層が大きく動く可能性を指摘している。だが、NHKは地震が原発に及ぼす影響について言及を避けている。その姿勢は、川内原発のある鹿児島県を地図から不自然にトリミングし、震度を表示しないほど徹底していた。

 籾井会長は「住民の不安をかき立ててはいけない」と言うが、これはおかしい。政府発表以外報じないというのは、物事を多面的に伝える報道の基本を放棄する行為である。情報を遮断することによって住民を危険にさらすことにもつながりかねない。

 音好宏(おとよしひろ)・上智大学教授はこう指摘する。「東日本大震災の際、福島中央テレビが東京電力福島第一原発の水素爆発を撮影し、映像を報じた。籾井氏の発言通りだとすれば、同様のことが起こっても、NHKは政府などの公式見解が出るまでは映像を流してはいけないことになる。NHKの編集権の放棄であり、報道機関としての自殺行為ではないか」(4/27朝日)

 NHKには「前科」がある。「ETV特集」で放送された「放射能汚染地図」シリーズを皆さんは覚えておられるだろう。福島原発事故発生から4日後に専門家とともに現地入りし、各地の放射線量を測定した番組だ。高線量を知らず取り残されていた住民たちを取材班が発見し、退避につなげた一幕もあった。

 ところが、優れた調査報道を行った番組スタッフにNHK上層部は「厳重注意」処分を下した。局が禁じた30キロ圏内の取材を行ったこと、原発事故に関するNHK他部局の報道姿勢を書籍で批判したことが理由とされる。

 「政府の公式見解だけを伝えろ」という会長指示が局全体で徹底されるなら、今後はETV特集のような番組企画自体が通らないだろう。これまでの震災報道を見る限り、すでにそうなっている可能性が大と言わざるを得ない。

籾井も安倍も辞めろ

 籾井会長は「安倍人事」によって抜擢された人物である。NHK会長就任時の会見で「政府が右と言うことを左と言うわけにはいかない」と発言したことは有名だ。その籾井を首相官邸が見限ったという噂がある。あまりに問題を起こしすぎて、政権の足を引っ張っているというのだ。

 一部週刊誌は官邸とのパイプ役を担う2人の理事が離反したと報じている。後ろ盾に見放されてはおしまいの籾井は、今回の地震を好機とみて、安倍政権への忠誠度をアピールしているのだろう。そんな事情で私たちの「知る権利」が犠牲にされたのでは、たまったものではない。

   *  *  *

 言論や表現の自由の状況について日本で現地調査を行った国連のデービッド・ケイ特別報告者は「日本の報道の独立性は重大な脅威に直面している」との暫定報告書をまとめた。また、国際NGO「国境なき記者団」が発表した2016年度の「報道の自由度ランキング」において日本は72位だった。前年より順位を11も下げている。いずれも「政府の圧力により多くのメディアが自主規制している」ことなどが理由とされた。今回のNHK会長発言はこれらの評価の正しさを証明したかたちとなった。

 政権べったりの籾井会長は今すぐ辞めるべきだが、それだけでは不十分である。メディアに圧力を加え、「報道の自由」を脅かしているのは安倍政権なのだ。この政権がのさばっている限り、問題は何も解決しない。   (M)



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