2016年05月20日発行 1428号

【憲法に緊急事態条項は必要か/永井幸寿著 岩波ブックレット 本体620円+税/権力の暴走招く「独裁条項」】

 4月15日、熊本大地震直後に菅官房長官は「(緊急事態条項は)極めて重い課題」と発言。この項目を改憲の突破口としたい安倍首相の意向を代弁した。

 「緊急事態条項」とは何か。それは、武力攻撃事態や内乱、大規模災害時に緊急事態を宣言し、内閣に立法権限を持たせ、緊急対応ができるとするものである。自民党改憲案の緊急事態条項は国民の権利を破壊し、権力の暴走を招く恐ろしい条項と本書は批判する。

 そもそも、日本国憲法に緊急事態条項がないのは、国家、軍部の暴走を許した戦前の反省による。例えば戦争反対の声をすべて弾圧した治安維持法。1928年、同法違反の最高刑を死刑にする改定法案は議会で審議未了、廃案となった。だが、大日本帝国憲法の緊急条項である緊急勅令で法案通りに変えてしまった。

 ドイツのナチス・ヒトラーが当時、最も民主的と言われたワイマール憲法を停止し、独裁を実現できたのも同憲法に国家緊急権条項があったからだ。

 日本国憲法は緊急事態に対し、参議院の緊急集会(衆議院解散時などに起きた緊急事態に対処するための立法機関となる)で対応することを定めている。

 安倍らが持ち出す大規模災害には、災害対策基本法や災害救助法などの法整備がある。これらの法律では政府の一時的な立法権を緊急物資の配布など具体的事項で認める。住民避難命令や医療、災害救助への従事命令など人権制限に関わる内容も限定的に定めるが、災害救助法制定時の付帯決議で権限濫用をいましめた。

 災害救助や避難計画は当該地方自治体が主導すべきだと著者は強調する。福島原発事故を想定した避難計画もなく避難中に50人の死者を出した双葉病院事件を示し、「災害が起こった後に憲法を停止しても役に立たない」と断言する。

 自民党憲法案の緊急事態条項の危険性はどうか。まず、緊急事態を宣言できる事態は「法律の定めるところ」としたこと。政府与党の多数決で、憲法を停止できる事態を勝手に決めることができる。

 また、政府の緊急事態宣言は「事後の国会承認が必要」としながら、いつまでにという期間の定めがない。安倍内閣は昨年、憲法規定に基づきく野党の臨時国会開会要求を憲法にいつまでに開くと書いていない≠ニして放置した。緊急事態の国会承認を引き延ばすことは十分考えられる。

 さらに、緊急事態時に内閣が定める「法律」の制定範囲が限定されていない点は極めて悪質である。これでは、ナチスが手にした授権法と同様の内容となる。

 「基本的人権を最大限尊重」との文言を同条項に書き込んでも、閣議決定で解釈改憲し、秘密保護法などで基本的人権を踏みにじってきた政府自民党の憲法案には全く説得力がないと本書は断じている。 (N)
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