2016年05月27日発行 1429号

【パナマ文書の死角/明らかになったのは「氷山の一角」/最大のタックスヘイブンは米国だ】

 中米パナマの法律事務所モサック・フォンセカの顧客情報が流出し、世界に衝撃を与えている。通称パナマ文書のことである。この暴露によって、秘密のベールに覆われてきたタックスヘイブン(租税回避地)の実態が一部明らかになった。だが、闇はまだまだ深い。今回明るみに出たのは、巨大な不正の「氷山の一角」にすぎないのだ。

米国がなぜ少ないのか

 パナマ文書を解析していた国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)は5月10日、世界各地のタックスヘイブンに設立された約21万4000に上る法人と、関連する約36万人の個人名などをウェブサイト上で公開した。日本関連として分類されているのは約400件。大手商社の丸紅や伊藤忠商事らの名前が挙がっている(詳しくは別稿)。

 登場する関係法人・個人を所在地別でみると、中国(約2万8000件)や香港(約2万1000件)の多さが目立つ一方、米国は約6800で意外なほど少ない。大物政治家や米国に本拠を置く有名企業の名前も出てこない。

 なぜか。答えは簡単。米国にはデラウェア州やネバダ州などのタックスヘイブンがあるからだ。税金逃れのためのペーパーカンパニーを作るぐらい国内で簡単にできる。わざわざパナマの法律事務所を介して海外のタックスヘイブンを利用する必要はない、というわけだ。

 国際NGO「タックス・ジャスティス・ネットワーク」による昨年の金融秘匿ランキングにおいて、米国はスイス、香港に次ぐ3位だった。これは代表的なタックスヘイブンとして知られる英領ケイマン諸島(5位)よりも高い。米国こそが世界最大級のタックスヘイブンなのである。

国内に租税回避地

 デラウェア州の事情をみてみよう。首都ワシントンから車で2時間ほどで行けるこの小さな州には、人口(約94万人)よりも多くの企業(約118万社)が存在する。世界中の計28万5000もの企業が同じ建物を“本社”として登記している事例もある。同州の優遇税制と守秘規定を利用するために、ここを本社と定めているのだ。

 米国の法人税は連邦・州レベルでそれぞれ課税されるのだが、州法人税が存在しない州もある。デラウェア州の場合、法人税(8・7%)はあるものの、州内で実際の事業をしていなければ税はかからない。商標や著作権などの収益に掛かる税金もない。

 また、同州では実質的な所有者の情報などを出さなくても企業を設立できる。必要な書類は最小で2ページのみ。会社名や住所を記入し、千ドルほど払えば1時間程度で会社を作ることができる。「図書館カードを作る際よりも少ない個人情報で会社を登記できる」と言われるほどだ。

 その結果、タックスヘイブンのうまみを求めて企業が殺到。米国の主要企業500社の66%が同州に登記上の本社を置くようになった。アップルやグーグル、フォードやGE、コカ・コーラやウォルマートなど。米大統領選の有力候補であるヒラリー・クリントンやドナルド・トランプの関連会社もある。

 貧困問題に取り組む国際協力団体オックスファムの報告書によると、米企業上位50社の隠し資産の合計額は1兆4000億ドル(約152兆6000億円)に達し、企業の税金逃れで失われる米国の税収は毎年1100億ドル(約11兆9900億円)に上る。

 オバマ米大統領は租税回避に対する国際的な取り締まり強化を訴えているが、自国のタックスヘイブンに手を付けるつもりはない。たとえば、経済協力開発機構(OECD)などの後押しで、約100か国が来年以降、自国民の銀行口座の情報などを自動的に交換する枠組みを始めるが、その土台となる共通報告基準(CRS)への参加を米国政府は拒んでいる。

 自国の企業優遇制度は徹底的に擁護しつつ、海外のタックスヘイブンについては規制を強化する。米国政府はライバルを潰すことで米国にカネを吸い上げる仕組みを築こうとしているのである。

巨大な不正の追及を

 OECDの試算によると、世界で年間最大2400億ドル(約26兆円)の税収がタックスヘイブンを使った課税逃れによって失われているという。その結果、世界中で格差と貧困を広げている。人びとに及ぼす害悪を要約すると以下のとおりになる。

 (1)税負担能力のある巨大企業や富裕層に税を逃れる場を提供することで、各国の財政基盤を掘り崩している。多くの国は財政危機に直面し、社会保障の縮小や公共サービスの低下をもたらす一方、逆進性が高い間接税(消費税等)への依存を強めている。

 (2)利用できるのは巨大企業や一握りのカネ持ちだけ。富める者をますます富ませ、貧富の格差をいっそう広げる役割を果たしている。

 (3)途上国の主要財源は法人税なのだが、進出したグローバル企業は租税回避を行い、その地に税金を払わない。富を奪われたかたちとなる途上国の人びとをさらなる貧困に突き落としている。

 タックスヘイブンというグローバル資本主義の深い闇。その実態解明はまだ始まったばかりだ。パナマ文書の暴露をきっかけに、グローバル企業や富裕層の不正蓄財を許さぬ運動を広げていかねばならない。       (M)

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