2016年08月12日発行 1440号

【緊急事態条項が狙うもの/自由と権利を奪い、国家権力に従わせる/今日のトルコは明日の日本】

 安倍政権が最初に狙う憲法「改正」は「緊急事態条項の創設」だと言われている。巨大地震やテロへの備えを理由にすれば、世論の合意を得やすいというわけだ。だが、安倍が導入を狙うのは首相に権力を集中する独裁条項であり、それは市民的自由や諸権利のはく奪をもたらす。このことを証明する事例が、いまトルコで起きている。

「万一の備え」はウソ

 参院選の結果を受けて、安倍政権の御用学者・文化人たちが早期の改憲発議に向けた宣伝を開始している。すなわち「緊急事態条項が必要」というキャンペーンだ。

 安倍晋三首相のメシ友で有名な田崎史郎(時事通信社特別解説員)は東日本大震災を引き合いに「自然災害への備えが必要だ」と言い、同じく安倍応援団の宮家邦彦(キヤノングローバル研究所研究主幹)は東京オリンピックのテロ対策を理由に「基本的人権の制限もやむを得ない」と言いだした。また、日本会議お抱え学者の百地章(日本大学教授)は、緊急事態条項の導入なら「加憲」の立場の公明党も賛同するだろうとの見通しを語っている。

 たしかに「万一の事態への備えが必要だ」という主張は一般受けしやすい。「今の憲法に付け加えるならいいのでは」と思わされてしまう。だが、安倍政権が狙っているのはただの条文追加ではない。連中は日本国憲法そのものを破壊する仕掛けを組み込もうとしているのだ。

市民弾圧の武器に

 そもそも緊急事態条項=国家緊急権とは、非常事態において国家権力が国家の存立を維持するために、権力を縛る立憲的な秩序、すなわち人権保障と権力の分立を一時停止して非常措置をとる権限を言う。ひらたく言うと、政府に権力を集中し、基本的人権を制限する制度のことである。

 では、緊急事態条項はどのように使われるのか。わかりやすい事例が現在進行中である。クーデター未遂事件が起きた後のトルコだ。

 トルコのエルドアン大統領は7月20日、「暴力事件の拡大および公共の秩序の深刻な混乱」(憲法120条)を理由に、3か月の非常事態を宣言した。大統領は「テロ組織関係者の排除」を掲げ、クーデター派とみなした者を片っぱしから拘束している。事件を利用して敵対勢力を一掃し、自身の独裁的地位を確立しようというわけだ。

 非常事態の発効により、大統領を議長とする閣僚会議は国会の審議を経ずに法律と同等の効力を持つ政令を発布できるようになった。最初の政令(7/23付)は、犯罪容疑者に対し起訴前に身柄を拘束できる期間を4日から30日に延長するというもの。弾圧の武器とする意図が露骨である。

 すでに、軍高官や司法関係者、市民ら1万5千人が当局に拘束され、大量の公務員、教員らが停職・免職処分を受けている。テレビ・ラジオ24局が免許をはく奪され、報道機関131社が政令により閉鎖を命じられた。記者の拘束も相次いでいる。

 クルトゥルムシュ副首相は非常事態の期間中、人権や基本的自由の保護を定めた欧州人権条約を一時停止させると明言した。非常事態=緊急事態宣言の使い道はもはや明白だろう。それは、国民を政権に従わせるために、権利や自由を奪うことにある。

トルコと同じ自民案

 「トルコと日本は違う」という人は、自民党が掲げる緊急事態についての改憲案を見てほしい。独裁確立と市民弾圧に使われたトルコ憲法の規定とよく似た内容であることがわかる。

 自民党案では、緊急事態が必要との判断は内閣総理大臣が行うことになっている(98条1項)。閣議で認定してしまえば、内閣(つまり首相)は法律と同一の効力を有する政令を制定できる。さらに、首相は財政上必要な支出を自由に行うことができるようになり、地方自治体に対して指示を発する権限も有することになる(99条1項)。そして、何人も「国その他公の機関の指示に従わなければならない」(99条3項)。

 つまり安倍自民党が欲しがっているのは、内閣が緊急事態であると認定した瞬間に権力の分立と地方自治と人権保障を停止するという、一種の独裁条項なのである。何より危険なのは、政令で制定できる対象の制限がないこと。まさにナチスドイツの全権委任法を思わせる。

 そのうえ、緊急事態の国会承認は事後でもよい(98条2項)。延長する場合は100日を超えるごとに事前承認が必要だが(98条3項)、99条4項には国会議員の任期延長規定がある。つまり同規定を使って与党の過半数状態を維持し続ければ、緊急事態をいつまでも継続できるようになっているのだ。

 このように、自民党の緊急事態条項案には歯止めらしい歯止めがない。いとも簡単に憲法を停止し、国家権力のやりたい放題を可能にする。したがって、緊急事態条項の創設は安倍政権がたくらむ日本国憲法破壊策動の「本丸」と言ってよい。「お試し改憲」などという油断を誘うネーミング、評価にごまかされてはならない。     (M)

自民党改憲案の緊急事態条項(抜粋)

 第98条(緊急事態の宣言)

 内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる。

2 緊急事態の宣言は、法律の定めるところにより、事前又は事後に国会の承認を得なければならない。

3 (前段略)また、百日を超えて緊急事態の宣言を継続しようとするときは、百日を超えるごとに、事前に国会の承認を得なければならない。

 第99条(緊急事態の宣言の効果)

 緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができるほか、内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行い、地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる。

3 緊急事態の宣言が発せられた場合には、何人も、法律の定めるところにより、当該宣言にかかる事態において国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならない。(後段略)

4 緊急事態の宣言が発せられた場合においては、法律の定めるところにより、その宣言が効力を有する期間、衆議院は解散されないものとし、両議院の議員の任期及びその選挙期日の特例を設けることができる。

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