2016年08月19・26日発行 1441号

【インタビュー/イラク労働者共産党 サミール・アディルさん/イラクが示す資本主義体制の戦争と貧困/侵略戦争の責任追及を国際連帯で】

 イラク戦争から14年目。英政府は、開戦の正当性はなかったと指摘するチルコット委員会報告を公表した。日本では、裁判所が違憲と断罪したイラク派兵を検証することなく、海外派兵の恒常化が狙われている。2016ZENKOin大阪に参加したイラク労働者共産党サミール・アディルさんに、イラクをはじめ「対テロ戦争」下の中東情勢をどう見るか、闘いの展望を聞いた。ZENKOでの発言も含め、編集部でまとめた(7月30〜31日)。

緊縮政策と戦争

 現在のイラクで起きていることを紹介する。内戦・テロ攻撃そして緊縮政策。いずれも資本主義の典型的な政策だ。それが何をもたらすのかよくわかるだろう。

 IS(「イスラム国」)がイラクの3分の1を支配するようになって、内戦は激化した。ISはシーア派の住民を狙い、数千人も殺した。逆にシーア派の民兵はISと戦うと言ってスンニ派を襲う。結局市民が犠牲となっている。

 7月2日、バグダッドの中心街カラダ地区で爆弾攻撃があった。公式発表では300人近くが死亡、だが実際は636人だった。カラダ地区はイラクの市民社会を象徴するところだ。スンニ・シーアのイスラム教徒やキリスト教徒、無宗教者などいろんなアイデンティティの人びとが暮らしている。大惨事なのに、南フランス・ニースのテロ事件などに比べ、あまりに扱いが小さい。イラクはまるで報道する価値がないかのようだ。

 イラクの人びとはテロ犯を非難する以上にアバディ政権を批判する。いくつも検問を設けながら、爆弾を見過ごした。国防省が購入した爆弾探知機はおもちゃで役に立たない。それを1台6万ドルで買た。イラク政権は腐敗しきっている。国際NGOの調査では世界ワースト3位だ。電力省は300億ドルの予算を使いながら、電気の安定供給ができない。教育省では50校の学校建設予算が使途不明となっている。

 その上、原油価格の低迷を理由にIMF(国際通貨基金)から150億ドルの融資を受けるという。融資条件は公務員給与の8%、退職者年金の5%カット。公共サービス目的税の創設。国営企業の民営化。労働者の配転・解雇。新規採用3年間停止。医療の民営化。高等教育の民営化。その一方で国会議員の給与アップ、特権拡大が狙われている。

 各地で市民の抗議行動が起こっている。昨年7月末、労働者、市民は「電気をよこせ」と要求した。その後スローガンは政府批判に発展してきた。政府機関や石油会社、地方政府の庁舎前に運動は広がってきた。だが、こうした市民運動もサドル派が主導権を持つところでは展望を失っている。政府は「テロ」を利用し、人びとの目をはぐらかし、政府批判より身の安全を心配せざるを得ない状況に追いやっているのだ。

資本主義体制間の争い

 04年に来日した時には、イラクのことを語ればよかった。だが、いまや全世界で民衆の命が危険にさらされている。

 世界はいま、欧米陣営とロシア・中国陣営の争いの中にある。NATO(北大西洋条約機構)首脳会談は7月9日、ロシアと対抗する東欧に軍事力強化を図ると決定した。米中が争う太平洋。日本はドイツ同様、海外派兵の機をうかがっている。

 かつて米ソ冷戦時代があった。それはイデオロギーの対立ではなく、2つの種類の経済、市場資本主義と国家資本主義の間の対立だった。それが繰り返されている。

 ソ連崩壊後、米国は新世界秩序をめざした。9・11を利用してアフガニスタンを攻撃し、イラクを占領した。大中東構想の実現をはかったが、今ではロシアと中国が米国およびその同盟国と対抗している。この2極が世界の再分割を争っている。イラク、シリアで代理戦争が起こっている。

 中東・北アフリカを支配し、地域の再分割で自らの勢力下に置くため「アラブの春」を利用しようとした。米国のたくらみは失敗した。トルコやイランなどがこの地域で米国、ロシア、中国と対抗する勢力として台頭した。

 新たな経済圏を作る上海協力機構(01年)にはロシア、中国、インドなどが含まれ、南アフリカ、ブラジルはこの勢力の一部だ。彼らはIMF(国際通貨基金)に対抗する銀行AIIB(アジアインフラ開発銀行)を設立した。軍事的な同盟関係も進んでいる。

 米ロそれぞれの陣営が第3極(トルコ、イラン、サウジアラビアなど)を自らに取り込もうとしている。

 トルコはNATOの一部に入っているが、サウジアラビアは米国には以前のような力がないと見ている。ロシアは中東地域支配を企て、介入を強めている。イスラム主義国イラン、サウジアラビアやイスラム主義を強めるトルコも中東再分割を狙い自らの勢力圏を維持しようとしている。エジプトはかつて米国の同盟国であったが、2年前に軍部が政権をとってからはロシアが物心両面の支援をしている。今日エジプトは米国の支配圏の外側にいる。

 現在はすべてが過渡期だ。オバマ米大統領2期目の演説には太平洋、中国は出てきたが、中東は言及されなかった。それは経済的にも軍事的にも中国の拡大を感じているからだ。冷戦時代には、米ソ間で分割されて「安定」してはいたが、今日「安定」はない。

「イスラム国」を利用

 ISは米国が直接作り出したものではない。サウジアラビア、カタールとトルコが作った。トルコが国境を開いて多くの人がISに参加し、情報機関はISを助け、武器を供給した。ロシアとトルコの和解後、すべてが変わった。今ではシリアの多くの都市、地域をロシア軍が支配している。イラクでは14年7月ロシアのシリア紛争介入後、ISが日に日に拡大し、諸都市を制圧した。

 米国は「ISと戦っている」と宣伝するが、テーブルの下でISと協力している。ISはイランやロシアに対抗して展開する代理戦争の道具なのだ。米国高官はIS打倒には30年かかると言った。イラクは3週間で占領。アフガニスタンは2週間。リビアでも2か月。なぜISに30年もかかるのか。

 シリアのヌスラ戦線はアルカイダの一部。米ロはISとヌスラ戦線を同じテロリストのリストに載せた。しかし、現在までヌスラ戦線は米国に攻撃されていない。これはサウジアラビア、トルコ、カタールがヌスラ戦線を支持したからだ。先日、ヌスラ戦線は名前をパトワシャム(シリア征服戦線)に変えた。サウジなどの情報機関が名前を変えないと米国に攻撃されると警告したためだ。

 つまり、米国はイスラム主義グループを壊滅する気はさらさらない。イスラム主義グループを使って、中東地域での米国の影響力を維持し、軍事介入を継続するためだ。以前は共産主義が第一の敵だった。今、「対テロ戦争」という名の下、イスラム主義勢力が第一の敵とされている。

安倍政権との闘い方

 10年、20年前にはなかった資本主義体制からの攻撃が生活の全分野に及んでいる。米国やカナダに行ってもイラクでも、対抗勢力はかつてほど強くない。10年前には不可能だった決断が、安倍首相にできる状況がつくりだされた。対抗勢力が弱まっているのは日本にとどまらない問題だ。

 我々は戦線を築かねばならない。日本国内だけでなく、国際的な戦線を。イラク、米国、オーストラリア、有志連合でイラクを攻撃した国々で、検証委員会を立ち上げる。各国の政府に英チルコット委員会報告で圧力を加える。この報告書は我々の主張に信頼性を与える点で、利用できる。

 同時に報告書の不十分性も糾弾する。チルコット委員会の報告は、7〜8年の歳月、1300万ドルの金を浪費して、「戦争への準備不足だった」と言ったにすぎない。「英国政府、トニー・ブレアは、戦争に進む前にあらゆる手段、特に外交的手段を尽くすべきだった。国連安保理の決議もとるべきだった」。これが書かれていることのすべてだ。チルコットと彼の友人たち、英国の支配層はトニー・ブレアを裁判にかけることはできないと言う。イラク戦争は違法と明言していないからだ。

 2週間ほど前に、国際反戦法律家協会へ手紙を出し、電話で話もした。同じ意見だった。この課題を通じて、我々の戦線を強化しなければならない。

 今年のZENKOは大変重要だった。資本家たちには彼らの選択があるが、ZENKOは私たちの選択だ。今年のZENKOが際立っていたのは、共産党や社民党などの政党から多くの政治家や候補者が参加していたことだ。新しい顔も見た。ZENKOが拡大している証拠だ。ZENKOは国内のあらゆる課題、原発、貧困、基地建設などをすべて束ねている。多くの代表団にも会った。インド、韓国、フィリピン、米国。ZENKOは日本の皆さんにとってだけでなく、国際的な戦線を築く上で大変重要だ。

 私たちには選択の余地はない。尊厳と幸福と自由に満ちた世界で暮らしたいのなら、共に闘わなければならない。平和な世界を夢見るなら、実現にむけ闘わなければならない。それが私たちの子どもやその次の世代にとって明るい未来を作る唯一の道なのだ。



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