2018年09月28日 1544号

【シネマ観客席/1987、ある闘いの真実/監督 チャン・ジュナン 2017年 韓国 129分/社会を変えた、それぞれの勇気】

 公開中の韓国映画『1987、ある闘いの真実』(チャン・ジュナン監督/原題1987)が注目を集めている。軍部独裁を終わらせた87年の「6月民主抗争」を描いた本作品は、ろうそく革命の興奮冷めやらぬ韓国で大ヒットを記録した。“一人ひとりの良心と行動が歴史を動かす”というメッセージが伝わってくる映画である。

 日本がバブル景気に浮かれていた1987年。韓国では全斗煥(チョンドゥファン)軍事独裁政権による民主化運動への厳しい弾圧が続いていた。

 物語は、ソウル大の学生が治安警察の取り調べ中に死亡する場面から始まる。証拠隠滅のため、警察はその日のうちに火葬を強行しようとする。しかし、不審の念を抱いたソウル地検のチェ検事は承認を拒否。規則どおり、司法解剖を行うことを命じる。

 死因はやはり「拷問による窒息」だった。メディアがこの事実をすっぱ抜き、世論は紛糾した。すると、大統領府からの命令で2人の捜査官が逮捕された。トカゲの尻尾切りによって事態を収拾しようとしたのである。

 2人が収監された刑務所には密かに民主化運動に協力する看守のハンがいた。国家ぐるみの陰謀を知った彼は、真相を外部に伝える役割を姪のヨニに託す。ヨニは危険な行為に尻込みするが…。

一人ひとりが主人公

 韓国の歴史に大きな足跡を残した1987年の闘いを次世代に伝えたい――チャン・ジュナン監督は映画製作の動機をこう語る。87年当時、彼は高校3年生だった。ある日、友人に誘われ「珍しいビデオ」の鑑賞会に行った。そこで観たのは、自国の軍隊が丸腰の市民に銃撃を浴びせる衝撃の映像だった。

 鋭い方はピンと来ただろう。このビデオは映画『タクシー運転手』に登場するドイツ人記者が撮影した光州事件の記録映像である。『1987〜』ではヨニが大学の漫画サークルで光州事件の映像を観る場面がある。これは監督の実体験にもとづくエピソードだったというわけだ。

 さて、この映画に特定の主人公はいない。まるで駅伝ランナーがたすきをつなぐように、ドラマの核となる人物が入れ替わり(検事→新聞記者→看守→大学生)、民主化運動が高揚していく様子が描き出される。とりわけ、権力機構の内部で矛盾が蓄積され、強権支配にほころびが生じる描写が圧巻だ。

 チャン監督は言う。「多くの人々、それぞれが、自分の引き受けた場所で最小限の良心を守りながら起こした行動が集まり、まるで雪玉のようにどんどん膨れ上がっていって歴史を動かしたというのが87年の本質であり美しさなのです」(『キネマ旬報9月下旬号』)と。

ろうそく革命とともに

 主要登場人物の中で唯一、架空のキャラクターである女子大生ヨニ。物語に花を添えるアイドル的な存在かと思いきや、実はこの映画で最も重要な役割を担っている。彼女は「普通の人たち」の代弁者であり、1987年と現在の若者をつなぐ存在なのだ。

 ヨニを演じたキム・テリは1990年生まれ。映画には「デモなんかで世の中は変わらない」というヨニのセリフがあるが、キム・テリも同じ思いを抱いていたという。そんな彼女を変えたのは、朴槿恵(パククネ)大統領罷免の原動力となったろうそく革命だった。

 「監督から『役ではなく、テリ自身がろうそく集会や今の時代をどう思う』という課題を出され、実際に集会に出かけてみたのですが、ある瞬間、自分の中に潜んでいた希望を感じたのです。国民の声で世の中を変えることができると信じながら演じることができました」(2017.12.14付シネマトゥデイ)

 ヨニがどのような変化を遂げるのか。それは書かないでおく。ヒントを挙げると、ヨニが思いを寄せるハニョルには実在のモデルがいる。後に「6月民主抗争」の象徴となる李韓烈(イハニョル)その人だ。ソウルの「李韓烈記念館」には彼のスニーカーが展示されている。劇中の重要アイテムなので注目してほしい。

日本にこそ必要な映画

 ろうそく革命がこの映画の追い風となったことは間違いない。ただし、企画の段階では社会にそのような雰囲気はなく、製作準備は極秘裏に進められた。「政府に非協力的な文化人」を監視していた朴槿恵政権の弾圧を避けるためだ。そもそも、出演に応じてくれる俳優がいるのかとの不安があったという。

 そんな状況の中、若手トップスターのカン・ドンウォンが協力を申し出た。「これは作るべき映画だ。もし迷惑でなければ、李韓烈の役を務めさせていただきたい」。ほかの俳優も不利益を被るリスクを承知でキャスティングに応じた。たくさんの人たちの勇気が集まり、大きな奇跡に結実する。まさに映画のストーリーを地でいく展開だったと、チャン監督は振り返る。

 「たったひとりでは世の中を変えられないかもしれないけれど、その思いが集まった時に、温度が上がって沸点に達する。わき上がるように思いを集めて温度を上げていくことが、私たちにできる最善で最大の行動だ」(9/8付シネマニア・リポート)

 こんな世の中じゃダメだと誰もが思いながら、変革の展望が見えず、あきらめムードに身をゆだねてしまう…。そのような閉塞感が強い日本でこそ、『1987〜』は観られるべき映画ではないだろうか。        (O)

上映案内参照。



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