2018年10月26日 1548号

【非国民がやってきた!(292) 土人の時代(43)】

 安達登(山梨大学医学部教授)、篠田謙一(国立科学博物館副館長、日本人類学会会長)ら5人の共同論文「古代ミトコンドリアDNAデータから導かれるアイヌの民族起源」は、札幌医科大学医学部と伊達市噴火湾文化研究所所蔵の115体のアイヌ遺骨からDNA検出を行った研究です。

 ジャーナリストの平田剛士によると、遺骨出土地である伊達市、浦河町などのコタンの人々が本年5月、山梨大学と国立科学博物館に公開質問状を出しました。これに対して7月下旬、回答が出されました。<遺骨の選定に際しては、当時の唯一のアイヌを代表する北海道ウタリ協会や、北海道教育委員会の関与>の下に行われ、<法にも人道にも反することがないように、慎重の上にも慎重を重ねて選定し、採取>したとのことです。

 当該研究が開始されたのは2007年で、当時、北海道ウタリ協会(現在の北海道アイヌ協会)がアイヌを代表する唯一の団体であったことは事実です。現在ももっとも代表的な団体です。それゆえ、政府や北海道がアイヌに関連する政策を決定する場に北海道アイヌ協会の代表が選出されるべきであることは当然です。

 しかし、遺骨に関するコタンの人々の意思を北海道アイヌ協会が代行することはできません。先祖の慰霊や遺骨の扱いは、当該コタンの人々にしか決めることはできません。

 先住民族遺骨返還を進めてきたアメリカのスミソニアン博物館、イギリスの自然史博物館、オーストラリア国立博物館はいずれも、遺骨の出自を調査して、確認された共同体に返還しています。先住民族遺骨をどの先住民族に返還しても構わないなどという杜撰な手続きは許されません。アイヌ民族もそれぞれの地域、それぞれの共同体があり、慰霊をはじめとする宗教意識はコタンが共有してきたものです。

 <法にも人道にも反することがないように>したと言いますが、日本国家の法律は先住民族の権利を認めていませんでした。2007年の国連先住民族権利宣言を受けて、2008年に日本政府はアイヌ民族を先住民族と認めたものの、今なお先住民族の権利を保障していません。

 国連先住民族権利宣言第12条「宗教的伝統と慣習の権利、遺骨の返還」は次のように定めています。

1. 先住民族は、自らの精神的および宗教的伝統、慣習、そして儀式を表現し、実践し、発展させ、教育する権利を有し、その宗教的および文化的な遺跡を維持し、保護し、そして私的にそこに立ち入る権利を有し、儀式用具を使用し管理する権利を有し、遺骨の返還に対する権利を有する。

2. 国家は、関係する先住民族と連携して公平で透明性のある効果的措置を通じて、儀式用具と遺骨のアクセス(到達もしくは入手し、利用する)および/または返還を可能にするよう努める。

 回答は北海道教育委員会の関与があったことを理由に<法にも人道にも反することがないように>したと言いますが、そもそも先住民族の遺骨を盗掘し、研究機関が保管している現状が<法と人道に反している>と考えるべきです。法と人道に反して保管されている遺骨からDNA検出を行ったことが<法と人道に反しない>と考えられるでしょうか。

 また、この論文は「古代ミトコンドリアDNAデータから導かれるアイヌの民族起源」というタイトルです。「古代」と称していますが、これは150年前に本州出身日本人が大量に北海道に移住したため、その影響を受けていないアイヌ民族についての調査という趣旨です。

 そうであれば、古い時代の遺骨を対象としなくてはならないはずです。ところが、研究対象とされた115体のうち少なくとも32体は、1962年に札幌医科大学の三橋公平教授らが浦河町の東栄遺跡で発掘したものとされています。この場所では、アイヌ文化期遺跡の上に、地元住民が明治期以降に新しい墓地をつくっていました。「古代」と称しながら、明治期以降の遺骨からDNA検出を行った研究です。

 平田剛士は「もしそれぞれの地元で遺骨の末裔を訪ねて誠実にインフォームド・コンセントをもらう努力をしていたら、こんなミスにはすぐ気がついたはずだ」と指摘しています。

 「学問」が特権の上に胡坐をかき、植民地主義に塗(まみ)れていることにもっと敏感になる必要があります。
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