2019年02月22日 1564号

【直木賞受賞作 沖縄戦後史を熱く描く『宝島』/真藤順丈 著/講談社 本体1850円+税/ほんとうに生きるときがきた】

 第160回直木賞を受賞した『宝島』(真藤順丈(じゅんじょう)著)が反響を呼んでいる。米軍統治下の沖縄を舞台に、「奪われたものを奪い返す」ために奮闘する若者たちの姿を描いた叙事詩的長編小説だ。おりしも名護新基地建設の賛否を問う県民投票が行われようとしている。基地問題の根底にある沖縄の歴史を知る上で最適の一冊といえよう。

 戦争によって生活の基盤を根こそぎ奪われた戦後の沖縄。生きるために米軍の豊富な物資を盗み出す人びとがいた。人呼んで「戦果アギヤー」(戦果をあげる人)。戦争孤児4人組のリーダーであるオンちゃんは島いちばんの戦果アギヤーだった。世界最強の米軍をきりきり舞いさせ、奪い取った物資は地元の人に分け与える。オンちゃんはまさにみんなの英雄だった。

 「俺たちの島じゃ戦争は終わっとらん」「故郷(しま)にとっての本物の英雄になれるような勝負を張らんとな」。そう語っていたオンちゃんは1952年の夏、米軍嘉手納基地に忍び込んだ。だが米軍に発見され、追われる身に。その夜を最後に行方知れずになってしまう。

 オンちゃんはどこに消えたのか。残された3人(親友のグスク、恋人のヤマコ、弟のレイ)は激動の時代をどう生き抜いたのだろうか。

沖縄の痛みがわかる

 『宝島』には実在の人物が多数登場するが、その中にキャラウェイ高等弁務官がいる。「沖縄の自治は神話である」と言い放ったこの独裁者になぞらえて、翁長雄志(おながたけし)前知事は安倍政権を批判した。問答無用で沖縄に基地を押しつける姿勢がキャラウェイと重なり合ってみえたというわけだ。

 安倍政権の反応はこうである。「私は戦後生まれなので沖縄の歴史はなかなかわからない。私にとっては辺野古案がすべてだ」(菅義偉(すがよしひで)官房長官)沖縄が強いられてきた過酷な歴史、人びとの痛みを知ろうともしない。全国紙にしても、翁長知事の「キャラウェイ」発言を詳しく読み解く報道は皆無であった。

 著者の真藤順丈は「歴史的な背景を『本土』の人たちが知らない。無理解、無関心がある」(1/23沖縄タイムス)と語る。真藤はは東京生まれ。沖縄にルーツがあるわけでもない。そんな自分が沖縄を題材にしたエンタメ小説を書いていいのかとの葛藤もあった。だが、それは沖縄を「腫れ物」扱いし、無関係を装う世間と同じだと気づいたという。

 現地取材を重ね、全力を投じて書き上げた『宝島』は沖縄で熱い支持を受けている。那覇市内の書店長は「小学校への戦闘機墜落、交通死亡事故の無罪判決、コザ騒動など、主人公を通して沖縄の痛みが理解できる。多くの人びとに読んでほしい」と期待した(1/18沖縄タイムス)。

戦争は終わっていない

 ネタバレにならない程度で物語の続きを紹介しよう。

 刑事になったグスクは米兵の相次ぐ凶悪犯罪に切歯扼腕(せっしやくわん)していた。地元警察に捜査権はなく、基地内に逃げ込まれれば何もできない。犠牲になるものは女性や子どもたちだ。6歳の少女までが凌辱され、刃物で切り刻まれた(由美子ちゃん事件・1955年)。

 ホステスをしながら勉強し、教師になったヤマコ。勤務先の小学校に米軍の戦闘機が墜落し、教え子を目の前で亡くしてしまった(宮森小学校への墜落事故・1959年)。この事故を機にヤマコは反基地・本土復帰の活動に没頭する。悲劇をくり返さないために「あたしがこの島の英雄になるよ」と決めたのだ。

 レイは裏社会の住人となり、そのルートで兄を探していた。復帰運動には冷ややかで、偶然再会したヤマコにこう言うのだった。「これまでにおれたちが日本人(ヤマトンチュ)だったことがあるか? だから“本土に帰ろう”と言われても、ハア? まるでピンとこない」「おれは最近、思うんだよな。ほんとうに目の仇(かたき)にしなきゃならんのはアメリカーよりも日本人なんじゃないかって」

 たしかにそうだ。米軍機が墜ちようが、娘たちが米兵の慰みにものになろうが知らんぷり。核兵器や毒ガスが持ち込まれても見て見ぬふり。本土(ヤマトゥ)の政府にとっては対岸の火事でしかない。連中の頭にあるのは、米国の機嫌を損ねず自分たちの繁栄を守ることだけ。沖縄戦と同じで、沖縄を捨て石にしているのである。

受け継がれる魂

 1970年12月20日。この夜、沖縄の怒りは沸点に達した。米兵の交通事故に憤激したコザ市(現沖縄市)の人びとが米軍関係者の車両に火を放ち、嘉手納基地内にも乱入した。いわゆるコザ事件である。それは「基地の島がたどりついた民族のレジスタンス」であった。

 拍手と歓声の中でグスクは思うのだった。「ここにいるのはみんながみんな“戦果アギヤー”だ。戦果アギヤーの魂が暴動に受け継がれて、コザのひとりひとりがみずから走るものに、島でいちばんの英雄になってよみがえった。そうやさ!」

 戦果アギヤーの魂。それは「この世界で生きていける場所を奪い返そうとする」不屈の精神のことだ。玉砕ではなく、生きて前進するからこそ、輝かしい戦果が得られるのだ。奪われたものを奪い返す戦果アギヤーの魂が現在の反基地闘争にも受け継がれていることは言うまでもない。

 「そろそろほんとうに生きるときがきた―」。『宝島』の物語はこの言葉で始まり、この言葉で終わる。“誰にも支配されない。自分たちの未来は自分たちが切り拓く”という宣言であろう。県民投票を実現させた沖縄の思いを受け止め連帯したい。本書はその一助となる。   (M)
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