2019年04月12日 1571号

【シネマ観客席/記者たち 衝撃と畏怖の真実(原題SHOCK AND AWE)/ロブ・ライナー監督 2017年 米国 91分/イラク戦争招いた国策報道】

 イラク戦争の大義名分とされた「大量破壊兵器の脅威」。それは開戦を正当化するために米国政府が流した嘘だったが、多くのメディアが無批判に追随した。公開中の映画『記者たち 衝撃と畏怖(いふ)の真実』は、政府発表に疑問を持ち真相を追い続けた記者たちの実話を描いた作品である。

 2001年9月、同時多発テロ事件直後の米国―。ナイト・リッダー社ワシントン支局のストロベル記者は取材中に驚くべき話を耳にする。ブッシュ政権が対テロ戦争の名目でイラク侵攻を狙っているというのだ。ただちに裏付け取材を開始。政権に巣食うネオコン一派がイラク・フセイン政権の転覆を企んでいることを突き止める。

 やがて、米国政府は「大量破壊兵器の脅威」を口実に開戦へと突き進んでいく。大手メディアが政府方針に軒並み迎合する中、支局長のウォルコットは部下たちに流されるなと熱弁をふるう。「ほかメディアが政府広報に成り下がるのなら、やらせておけばいい。我々は、他人の子どもを戦場に送る連中の味方ではない。我が子を戦争にやる人の味方なんだ」

 だが、戦争支持の世論が高まる中、ナイト・リッダーの記事は系列紙から掲載を拒否され、記者たちも裏切者呼ばわりされる。それでも「孤独な戦い」を続けるが…。

政府の嘘を拡散

 監督は『スタンド・バイ・ミー』で知られるロブ・ライナー。「イラク戦争が起きた当時から、このテーマで映画化を考えていた」そうで、俳優でもある彼は自らウォルコット役を演じている。

 政府の嘘をメディアが拡散し国中が戦争に傾いていく様子を、映画は手際よく描いている。予備知識がなくても十分理解できる作品だが、当時の状況を詳しく知らない若い読者のために若干の説明をしておきたい。

 情報操作に長(た)けたブッシュ政権が使った手法にループと呼ばれるものがある。怪しげな情報をメディアに流し報道させることによって、「既定の事実」に仕立てていく方法だ。本作品でも描かれている実例で説明しよう。

 2002年9月8日付のニューヨーク・タイムズは「フセイン急ピッチで核開発」と報じた。核兵器の開発に必要な部品の入手をイラク政府が急いでいたという内容だ。同日夜、チェイニー副大統領がテレビ番組に出演。NYタイムズの記事を引き合いに出し、核の脅威を訴えた。他の政府高官も同じことをした。この「アルミ管」疑惑、実はチェイニーの首席補佐官がリークしたものだった。

 問題の記事を書いたジュディス・ミラー記者は、このほかにも大量破壊兵器に関する“スクープ”を連発したが、情報源は匿名の政府関係者や軍高官、米国政府に囲われた亡命イラク人ばかり。ブッシュ政権は、功名心にはやる彼女をプロパガンダの道具として利用したのである。

独自取材で対抗

 ナイト・リッダーは全米各地に系列の新聞を有し、独自の記事を配信する総合通信社だ。大量破壊兵器の問題でも政府発表を鵜呑みにせず、独自取材にもとづき、存在を疑問視する報道を貫いた。ウォルコット(本人)は「現場の人びとの多くの声は“ちょっと待てよ。政府の発表は本当か”というものだった。我々はそれを愚直に実践しただけだ」と語っている。

 もちろんそれは映画で描かれているように、容易なことではなかった。何より、報道内容の正しさは後に証明されたとはいえ、開戦を食い止めることはできなかった。大義なき戦争で多くの米兵が死傷し、数十万人ものイラク人が殺されたのである(なお、本作品はイラク民衆の被害に一切言及していない。この点は批判されるべきだ)。

お寒い日本の現状

 「この映画は警鐘を鳴らす映画だと思っている。自由な報道なくして、民主主義は成立しない。メディアが真実を追求し、大衆がそれを知らなければ、再びイラク戦争のような惨事が起こりうる」とライナー監督。報道機関が権力の監視という本来の役割を投げ捨て、政府の“広報支援”装置と化している状況は日本も同じだ。いや、米国よりもひどいかもしれない。

 前述のミラー記者はイラク戦争後、政府の情報操作に加担したことを厳しく批判され、退社に追い込まれた。では、日本のミラー記者というべきNHKの岩田明子・解説委員兼政治部記者はどうか。安倍政権の代弁者ぶりはひどいものだが、NHK上層部には高く評価され「会長賞」まで受けている。政権と一体化することが優秀な記者とされるのだから情けない。

 報道機関が政府の共犯者となったとき戦争が始まる。イラク戦争の開戦から16年。本作品を手掛かりに、国策報道の危うさを訴え、批判の声を広げていきたい。  (O)



ホームページに戻る
Copyright Weekly MDS