2019年05月31日 1577号

【どくしょ室/アマゾンの倉庫で絶望し、ウーバーの車で発狂した 潜入・最低賃金労働の現場/ジェームス・プラッドワース著 光文社 1800円+税/21世紀の労働者階級のリアル】

 本書は、イギリスの最低賃金労働現場に潜入取材したルポルタージュである。著者は「21世紀の労働者階級の生活の本だ」と記す。

 イングランドの田舎町ルージリーにアマゾンの巨大倉庫がある。注文の商品を広大な倉庫の棚からピックアップするピッカーは、東欧からの外国人労働者がほとんどだ。ピッカーは、情報端末の携帯を義務づけられて細かな動きまで監視され、刻々指示が送られる。

 労働者は、病気休業や遅刻をしたり、作業目標を下回ると、懲罰ポイントが与えられ、6ポイントになるとリリース(解雇)された。30分の休憩時間は、サッカー場10個分の倉庫の端から休憩室への往復で実質5分ほど。派遣会社から支払われる給与は「計算ミス」の未払いが常態化していた。

 外国人労働者は、イギリスの労働者の権利を知らされず最低賃金で働かされても、仕事のない本国よりもましと口にする。消費者のワンクリック購入によるアマゾンの巨大な利益は、この奴隷労働によって生み出されている。

 訪問介護サービスの「優良企業」ケアウオッチ社の労働契約書には、「ゼロ時間契約」「労働組合の活動を一切認めない」の文字がならぶ。「ゼロ時間契約」とは、会社の都合でも仕事がなければ給与は支払われない契約。訪問介護士は、会社の命令に従い、分刻みの訪問スケジュールをこなす。過密スケジュールによって本来30分程度の訪問介護を5分で切り上げる場合もしばしばだ。過酷で低賃金のため福祉業界の離職率が異常に高いのはイギリスも日本と同様である。

 ウーバーは、提供するスマホアプリにドライバーを登録させ、タクシーとして営業させるサービスを提供する多国籍企業だ。このようなインターネットを通じた業務斡旋サービスをギグ・エコノミーという。ギグ・エコノミーは、労働時間を労働者自身で決めることができ、企業と労働者に雇用関係はないとされる。

 しかし、実態は違う。ウーバーはアプリを通じて労働時間を管理し、配車拒否など企業の指示に従わないドライバーを登録から削除できる。つまり解雇自由≠ネのだ。しかも、車の維持費はドライバーに負担させ、料金からの手数料を徴収することで莫大な利益を上げているのだ。

 著者は、潜入取材を通じ、移民労働者の生活に密着するとともに、イギリス社会の格差拡大、貧困問題に目を向ける。多国籍企業は、過去に炭鉱として栄え、今は失業者の多い地域に進出している。サッチャー政権は炭鉱閉山とともに労働運動の弱体化に成功した。かつての炭鉱労働者は、移民労働者の流入が地域社会を破壊していると嘆く。

 筆者は、怒りの矛先は多国籍企業に向けられるべきだと述べている。本書が伝えるイギリスの現実は、日本の現実でもある。(N)
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