2019年08月16・23日 1588号

【日韓協定で解決済みは嘘/「あくまでも経済協力」が日本政府の公式見解/植民地支配の責任を覆い隠す】

 韓国人元徴用工への損害賠償を日本企業に命じた韓国大法院(最高裁)の判決をめぐり日韓の対立が激化している。そんな中、1965年に締結された日韓協定の交渉記録の一部を日本の外務省が公開した。「請求権問題は協定により解決済み」との主張を裏付ける証拠だという。しかし、その中身は「新事実」とは呼べないシロモノだった。

外務省の「反論」文書

 1965年の日韓請求権・経済協力協定により、戦後補償問題は「完全かつ最終的に解決した」というのが日本政府の見解である。だが大法院判決は、原告の元徴用工らが主張する損害賠償請求権は協定の適用対象に含まれないとの判断を示した。その論理構成は以下のとおり。

 (1)原告らの損害賠償請求権は、朝鮮半島に対する日本の不法な植民地支配と侵略戦争に直結した日本企業の反人道的な行為を前提とする慰謝料請求権(強制動員慰謝料請求権)である。(2)日韓協定は、日本の不法な植民地支配に対する賠償を請求するための取り決めではない。交渉過程においても日本側は植民地支配の不当性を認めず、強制動員被害の法的賠償を徹底的に否認した。(3)このような状況で、強制動員慰謝料請求権が協定によって消滅したと見なすことはできない―。

 この判決に安倍政権は激しく反発。民事訴訟判決に対して政府が「経済報復措置」を発動する異常事態に発展した。そうした中、外務省は7月29日、日韓協定の交渉過程を記録した外交文書を一部公開した。韓国を「論破」する証拠のつもりらしい。

 公開された議事録等によると、韓国側代表は「(労働者を)強制的に動員し、精神的、肉体的苦痛を与えたことに対し相当の補償を要求することは当然だ」と交渉で述べていた。外務省幹部は「請求権協定に(徴用工の)慰謝料が含まれているのは明白だ。韓国の主張は矛盾している」(7/30読売)と指摘した。

 しかし、外務省は肝心なことを伏せている。日韓協定に対する日本政府自身の公式見解だ。彼らは植民地支配への「賠償」的要素は一切認めていない。協定の趣旨は「あくまでも経済協力だ」と言い張ってきたのである。

「補償」は頑なに否定

 日韓基本条約と付属協定を批准するための臨時国会(1965年10月〜12月)でのやりとりをみてみよう。韓国に供与される5億ドルの性質について、社会党の横路節雄衆院議員が政府の見解を質(ただ)している。「これは請求権処理のためですか。それとも低開発国援助ですか。それとも、36年間韓国を植民地支配していたという、そういう意味で払うお金ですか」

 椎名悦三郎外相は「読んで字のごとく経済協力だ」と答弁。他の与野党議員の質問にも同じことを述べた。請求権問題と経済協力に「法律的な関連性」はなく、供与されるのは「独立の祝い金」にすぎないというのである。

 これは決して、その場しのぎのいいわけではない。請求権問題を「経済協力」によって処理することは日本政府の基本方針であった。外務省の内部文書をみると、「初めから請求権の問題を全然しないわけにもいかないから、とにかく一応委員会を開いて議論し、『数字で話をきめるのは不可能だ』ということを先方に納得させる」作戦を立てていたことがわかる。

 請求権問題をめぐる日韓交渉の場で、韓国側が強制動員被害者の「精神的・肉体的苦痛に対する補償」や未払金の返還を求めていたのは事実である。しかし日本側は「法的根拠がない」「明確が証拠がない」などと難色を示し続けた。結局、補償金等の問題については何の合意はなされないまま交渉は終結。「経済協力」方式での政治決着になだれ込んでいった。

 日本政府にとって「経済協力」方式は、植民地支配の責任を隠蔽すると同時に、日本の経済発展にプラスになる(供与は日本の生産物や役務で行われた)とのメリットがあった。一方、韓国の軍事独裁政権は開発のための資金が何としても欲しかった。被害者個人への直接補償という考えはなかった。そして、日本と韓国を東アジアの反共の砦にしたい米国政府が両国の合意を強く促した。

 このような国家の思惑により、戦争被害者の救済は置き去りにされた。日韓請求権・経済協力協定は日本の植民地支配や戦争責任を覆い隠す役割を果たしたのである。

 かつて拒絶した韓国側の主張まで持ち出し「徴用工への慰謝料は支払い済み」と強弁する日本政府の姿勢は「盗人猛々しい」と言われても仕方のないものだ。そもそも今回公開された文書は大騒ぎするようなものではない。韓国外務省が「新しく発見されたものではなく、大法院も関連する内容を考慮して最終判決を下している」(7/30)とコメントしたとおりである。

人権回復を早急に

 日本政府は「国際法に照らしてありえない判断」と大法院判決を非難するが、認識が逆だ。個人の人権侵害に対し効果的な救済を図ろうとする判決の姿勢は国際人権法の進展に沿うものである。

 日本製鉄に損害賠償を命じた判決(昨年10月)には次のような補充意見が付いている。「請求権協定で強制動員慰謝料請求権について明確に定めていない責任は協定を締結した当事者ら(日本政府と韓国政府)が負担すべきであり、これを被害者に転嫁してはならない」

 そのとおり。最優先すべきは被害者の人権回復である。排外主義を煽動する安倍政権に踊らされ、問題の本質を見失ってはならない。 (M)



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