2019年09月06日 1590号

【どくしょ室/呪いの言葉の解きかた/上西充子著 晶文社 本体1600円+税/言葉による支配と闘うために】

 「呪いの言葉」と言ってもホラー系の話とは関係ない。著者の定義によれば、「相手の思考の枠組みを縛り、相手を心理的な葛藤の中に押し込め、問題のある状況に閉じ込めておくために、悪意を持って発せられる言葉」のことである。

 たとえば、「嫌なら辞めればいい」という言葉。この言葉は、長時間労働や不払い残業、パワハラ、セクハラといった労働の問題に声を上げる者に対して投げつけられる。本当は不当な働かせ方をしている方が悪いのに、あたかも「文句を言う」自分の側に問題があるかのように思わせる効果を狙って、だ。

 今の日本社会はそうした「呪いの言葉」であふれている(硬く言うと、支配階級のイデオロギー攻撃)。著者は安倍政権の「働き方改革」のインチキを暴く検証記事で注目された大学教授。本書では、労働、ジェンダー、政治の3つの分野における「呪いの言葉」のパターンと、その「解きかた」を紹介している。

 ジェンダーの例で言うと、「母親が子育てをするのは当たり前」というものがある。この言葉に縛られ、外に助けを求めることもできない女性の何と多いことか。子育て環境の整備という政治の責任を免罪し、児童虐待の深刻化を招いた「呪いの言葉」といえる。

 政治分野の典型例は「野党は反対ばかり」であろう。著者が強調するように、この言葉を発する相手に投げ返すべき言葉は「賛成もしています」ではない。「こんなとんでもない法案に、なぜあなた方は賛成するんですか?」なのだ。

 つまり、「呪いの言葉」を解くためには「相手の土俵に乗せられない」ことが大切だということだ。「呪いの言葉」に隠れた相手の悪意を見抜き、それを言葉にして「切り返す」ことが重要なのである。

 「選ばなければ仕事はいくらでもある」とほざく経営者には、「モノを言わず、働き続ける労働者がほしいのですね」と、その本音を暴いてやればいい。「デモなんかで世の中が変わるのか」と冷笑する連中には、「そんにデモが怖いのか」「デモの効力を知っているんですね」と言い返してやればいいのである。

 本書の末尾にはSNSで寄せられた「呪いの言葉の切り返し方」の文例集がまとめられており、大いに参考になる。

 相手を委縮させ、思考と行動を縛る「呪いの言葉」。これと対照的なのが、相手に力を与え、力を引き出し、主体的な言葉―著者の言う「灯火の言葉」である。自分の中から湧き出て、自らの生き方を肯定する「湧き水の言葉」も重要だ。

 「呪いの言葉」によって現状追認を迫る支配層のたくらみに対抗するためには、その呪縛を解き放つ言葉に注目し、より多くの言葉を獲得しなければならないと著者は言う。本書をその手助けとしたい。  (N)
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